問い合わせ窓口で長時間の電話が続いたとき、担当者はいつ対応を終えてよいのか。この判断を現場の一人ひとりに委ねている会社は、いまも少なくありません。判断の基準がないと、耐えられる人が耐え、耐えられない人が辞めていきます。
この問題は、2026年10月1日から法律上の位置づけが変わります。顧客等の言動に起因する問題について、事業主に雇用管理上の措置が義務づけられるためです。この記事では、条文が求めている内容を確認したうえで、対応の記録を機械に任せ、打ち切りの基準を人が決める仕組みを説明します。
この記事でわかること
- 顧客対応の記録を自動化し、担当者が状況を説明しなくても経緯が残る仕組み
- 対応を打ち切る基準を3段階で決める方法と、担当者が使える形にする書き方
- 2026年10月1日から施行される条文が事業主に求めている措置の中身。相談体制の整備と、不利益取扱いの禁止
ムダの現状:判断が個人に委ねられている
問い合わせ対応の現場で起きていることを、時間で分解してみます。
通常の問い合わせは、1件あたり数分から十数分で終わります。ところが、対応が長引く一部の案件が、全体の時間を大きく押し上げます。1件に1時間かかり、その後の報告と相談にさらに30分。件数としては全体の数パーセントでも、時間としては相当な割合を占めます。
時間より重いのは、判断の負担
ただし、この問題の本質は時間ではありません。担当者が背負っている判断の負担です。
いつ対応を終えてよいのか。上司に代わってもらってよいのか。それとも自分が我慢すべきなのか。この判断を現場に委ねたままにすると、2つのことが起きます。1つは、耐性の差がそのまま負担の差になること。もう1つは、後から「その対応は適切だったのか」と問われたときに、担当者が自分で説明しなければならないことです。
機械に渡せる部分と、人に残す部分
| 工程 | 中身 | 誰がやるか |
|---|---|---|
| 経緯の記録 | 日時・経路・やり取りの要点 | 機械。自動で残す |
| 状況の要約 | 何が起きたかを短くまとめる | 機械。下書きを出す |
| 段階の判定 | 基準のどの段階に当たるか | 人。担当者が選ぶ |
| 打ち切りの決定 | 対応を終える判断 | 人。責任者 |
| その後の対応 | 担当者のケア、必要なら外部相談 | 人。組織として |
3番目と4番目を分けているのが要点です。担当者は「どの段階か」を選ぶだけ。打ち切るかどうかは責任者が決める。この分け方にすると、担当者は判断の責任を負わずに、状況を伝えるだけで済みます。
スキームの全体図:記録は機械、判断は基準、対応は組織
2番目の層が、この仕組みの中心です。担当者にやらせるのは、段階を選ぶことだけ。文章を書かせない。報告を待たない。この2つで、言い出せない人が抱え込む状況が減ります。
必要なツールと費用(2026年9月22日時点)
| 必要なもの | 用途 | 費用の考え方 |
|---|---|---|
| 対応記録のシート | 経緯と段階の蓄積 | 既存の契約の範囲 |
| 段階を選ぶボタン | 担当者の入力を最小にする | フォームで作れる |
| Apps Script | 通知と集計 | 追加費用なし |
| 基準の文書 | 3段階の定義 | 0円。作る時間が1日 |
通話の録音機能を使っている場合は、録音データの扱いも決めてください。音声は個人情報にあたりうるため、保存期間とアクセスできる人の範囲を、記録の仕組みと同時に決めておく必要があります。
導入手順:打ち切りの基準を3段階で決める
Step 1:3段階の定義を、行為で書く
基準を作るとき、「悪質な」「目に余る」といった評価の言葉で書かないでください。担当者がその場で判定できません。行為そのもので書くのが要点です。
| 段階 | 当てはまる行為の例 | その場の対応 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 同じ説明を3回以上求められる。声が大きい | 対応を続ける。記録だけ残す |
| 第2段階 | 30分を超える。人格を否定する言葉が出る | 責任者に代わる。自動で通知される |
| 第3段階 | 脅す言葉、身体への言及、社外への流布の示唆 | その場で終了してよい。責任者へ即時通知 |
第3段階に「その場で終了してよい」と書いておくことが、担当者にとって最大の支えになります。終わらせてよいと会社が先に言っているという事実が、現場の判断を可能にします。
段階の例は、自社の業種と窓口の性質に合わせて書き換えてください。医療や介護、公共性の高いサービスでは、切れる条件がより限定的になります。逆に小売の店頭では、時間の基準を短めに設定することもあります。
Step 2:担当者の入力を、選択だけにする
対応が終わったあと、担当者に長い報告を書かせないでください。書かせると、疲れている人ほど書かなくなります。
入力させるのは3つです。段階(1・2・3から選ぶ)、対応の結果(解決・保留・打ち切り)、そして任意の一言。日時、経路、所要時間、担当者名は自動で入るようにします。
この設計により、記録が残るかどうかが担当者の余力に左右されなくなります。疲れているときほど記録が必要なのに、その記録が手入力に依存していると、最も必要な場面で残りません。
Step 3:第2段階以上を、自動で通知する
担当者からの報告を待たない仕組みにしてください。次のApps Scriptは、段階が2以上の記録が入った時点で、責任者に通知します。
var MANAGER = PropertiesService.getScriptProperties().getProperty('MANAGER_MAIL');
var REPEAT_DAYS = 30;
var REPEAT_LIMIT = 3;
function onNewRecord() {
var ss = SpreadsheetApp.getActiveSpreadsheet();
var sh = ss.getSheetByName('対応記録');
var last = sh.getLastRow();
var r = sh.getRange(last, 1, 1, 8).getValues()[0];
var level = Number(r[5] || 0);
if (level >= 2) notify(r, level);
var repeats = countRepeats(sh, r[3]);
if (repeats >= REPEAT_LIMIT) notifyRepeat(r[3], repeats);
}
function countRepeats(sh, key) {
if (!key) return 0;
var v = sh.getDataRange().getValues().slice(1);
var limit = new Date();
limit.setDate(limit.getDate() - REPEAT_DAYS);
var n = 0;
for (var i = 0; i < v.length; i++) {
if (v[i][3] !== key) continue;
if (Number(v[i][5] || 0) < 2) continue;
if (new Date(v[i][0]) >= limit) n++;
}
return n;
}
function notify(r, level) {
var subject = '第' + level + '段階の対応が記録されました';
var body = '日時: ' + r[0] + '\n経路: ' + r[1] + '\n担当: ' + r[2]
+ '\n所要: ' + r[4] + '分\n結果: ' + r[6] + '\n備考: ' + r[7]
+ '\n\n担当者からの報告を待たず、こちらから声をかけてください。';
MailApp.sendEmail(MANAGER, subject, body);
}
function notifyRepeat(key, n) {
MailApp.sendEmail(MANAGER, '同一の相手から繰り返しの記録があります',
'識別子: ' + key + '\n過去' + REPEAT_DAYS + '日で' + n + '件\n'
+ '個別の対応ではなく、組織としての方針を決める段階です。');
}
このコードで押さえている点を3つ挙げます。
1つ目、通知の文面に「担当者からの報告を待たず、こちらから声をかけてください」と入れていること。責任者の行動まで指定しないと、通知が届いても何もしない運用になります。
2つ目、同一の相手からの繰り返しを別に検出していること。1件ずつ見ていると気づけませんが、同じ相手から短期間に繰り返されている場合、個別対応ではなく組織としての方針を決める段階です。
3つ目、相手の識別子を氏名ではなく、会員番号や問い合わせ番号などにしておくこと。記録の目的は特定の個人を追うことではなく、繰り返しの有無を見ることです。必要以上の情報を持たない設計にしてください。
Step 4:責任者が選ぶ選択肢を、3つに限る
通知を受けた責任者がとれる行動を、あらかじめ3つに限定しておきます。担当者を交代する、対応を打ち切る、記録だけ残して対応を続ける。この3つです。
選択肢を限定する理由は、判断の早さを確保するためです。何ができるかを一から考えていると、その間に担当者が対応を続けることになります。3つのどれかを選ぶ形にすれば、数分で決まります。
そして、選んだ結果を記録に残してください。後から「なぜその判断をしたのか」を辿れる状態にしておくことが、責任者自身を守ることにもなります。
「その場で終了してよい」の言い方も決めておく
第3段階で終了してよいと決めても、実際に何と言って終えるかが分からなければ、担当者は終えられません。
終わらせる言葉を、1つか2つ用意して配ってください。たとえば「そのようなお話が続く場合、これ以上のご対応はいたしかねます。本日はここで終了いたします」。この程度の定型で十分です。自分の言葉で考えさせないことが、その場で使えるかどうかを分けます。
あわせて、終えた後にすぐ誰へ連絡するかも決めておきます。切った直後が最も不安になる時間です。連絡先が決まっていれば、その不安の時間が短くなります。
Step 5:基準を配り、練習する
基準を作って配るだけでは使われません。第2段階と第3段階の判定は、実際にやってみないと感覚がつかめないからです。
30分の練習で十分です。過去に実際にあった対応を3件ほど匿名化して持ち込み、「これは何段階か」を担当者同士で判定してみる。判定が割れた箇所が、基準の書き方が曖昧な箇所です。その場で文言を直してください。
現場の合意の取り方:担当者が基準を使えるようにする
この仕組みで難しいのは、基準を作ることではなく、担当者が実際にそれを使えるようにすることです。
| 懸念 | 背景 | 答え方 |
|---|---|---|
| 自分が我慢すれば済む | 記録すると騒ぎになると感じている | 段階を選ぶのは通報ではなく記録だと説明する。第1段階も記録すると決める |
| 評価が下がるのでは | 対応力の不足と見られる不安 | 記録の件数を個人の評価に使わないと明言する |
| 責任者に迷惑をかける | 通知が負担になると思っている | 通知を受けるのは責任者の業務だと位置づけ、対応時間を業務に計上する |
第1段階も記録すると決める
いちばん効くのが、これです。第1段階、つまり「対応を続ける」場合も記録する運用にしてください。
記録するのが第2段階以上だけだと、記録することそのものが特別な行為になります。すると担当者は「これを記録すると大ごとになる」と考え、迷ったときに記録しない側に倒れます。第1段階から記録が当たり前になっていれば、段階を上げるだけの話になります。
件数を評価に使わないと、先に明言する
記録の件数が多い担当者は、対応力が低いわけではありません。難しい案件が回されている、あるいは正直に記録している、というだけです。
この点を、仕組みを始める前に明言してください。そして実際に使わないこと。一度でも評価の場に持ち出されれば、その日から記録は実態を映さなくなります。
あわせて、集計を個人別に出さない設計にしてください。口頭の約束は、人が替われば消えます。窓口別・月別の集計は作るが、担当者別の一覧は作らない。この形にしておけば、誰かが思いついたときにも出せません。
なお、特定の担当者に第2段階以上が集中している場合は、評価ではなく配置の問題として扱ってください。難しい案件が回りやすい時間帯に入っている、経験が浅く相手が強く出る、といった原因があります。
失敗パターンと限界:条文が求めているもの
2026年10月1日から、措置が義務づけられる
労働施策総合推進法に、顧客等の言動に起因する問題についての規定が加わり、2026年10月1日から施行されます。
新設される第33条第1項は、事業主に対し、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならないと定めています。
ここで求められているのは2つです。相談に応じて適切に対応するための体制を整えること。そして、対応の実効性を確保するために必要な抑止のための措置をとること。この記事の仕組みは、前者の一部にあたります。
同条第2項は、労働者が相談を行ったこと、または事業主による相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと定めています。記録の件数を評価に使わないという運用は、この規定の趣旨に沿うものです。
同条第3項は、他の事業主から措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならないとしています。取引先との間で問題が生じた場合の協力について定めたものです。
何が「許容される範囲を超えたもの」かは、条文だけでは決まらない
条文は、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの、という枠を示しています。具体的にどこからがそれに当たるかは、業種や窓口の性質によって異なります。
だからこそ、自社で3段階の基準を作る意味があります。ただし、自社で作った基準が、そのまま法的な判断になるわけではありません。厚生労働省が示す指針や、自社の業種に応じた対応については、専門家に確認することを勧めます。この記事は、条文で確認できた内容と、実務として組める仕組みを示すものです。
記録の目的を、取り違えない
この仕組みで集める記録は、顧客を評価するためのものではありません。労働者の就業環境を守るための記録です。ここを取り違えると、設計が変わってしまいます。
たとえば、顧客の氏名や発言内容を詳細に残そうとする方向に進むと、必要以上の個人情報を抱えることになります。繰り返しの有無を見るために必要なのは識別子であって、会話の逐語記録ではありません。
記録の項目を増やしたくなったときは、「その項目は、担当者を守るために必要か」と問い直してください。この問いに答えられない項目は、入れないほうが安全です。
この仕組みが向かない場合
窓口が1人で、その人が責任者も兼ねている場合、第2段階で「責任者に代わる」という選択肢が成立しません。この場合は、代わる先を社外に設定する必要があります。顧問先や本部など、その場で電話を回せる先を先に決めておいてください。
また、対面の窓口では、電話と違って物理的に離れられない場面があります。記録と通知の仕組みは同じように作れますが、その場で終了する判断の後に何が起きるかが違います。対面の場合は、複数人で対応する体制そのものを先に設計してください。
効果の測り方
| 数字 | 測り方 | いつ見るか |
|---|---|---|
| 記録された件数 | 段階別の件数を数える | 毎月 |
| 責任者に渡った割合 | 第2段階以上のうち交代した件数 | 毎月 |
| 1件あたりの所要時間 | 第2段階以上の対応時間 | 毎月 |
1つ目は、増えても悪い数字ではありません。導入直後に件数が増えるのは、これまで記録されていなかったものが見えるようになったというだけです。むしろゼロが続くなら、基準が使われていないか、記録が面倒で飛ばされている可能性を疑ってください。
2つ目が、この仕組みが機能しているかを最もよく示します。第2段階が記録されているのに交代が起きていないなら、通知が届いていないか、責任者が動いていないかのどちらかです。仕組みの問題として扱ってください。
まとめ
顧客対応で長時間の案件が発生したとき、いつ終えてよいかの判断を現場の個人に委ねると、耐えられる人が耐え、耐えられない人が辞めます。この判断を、組織の基準に移すのがこの記事の主題です。
仕組みは4層です。経緯は自動で記録する。担当者は3段階のどれかを選ぶだけにする。第2段階以上は自動で責任者に通知し、担当者からの報告を待たない。打ち切りは責任者が決め、選択肢は交代・打ち切り・記録のみの3つに限る。
基準は評価の言葉ではなく行為で書き、第3段階には「その場で終了してよい」と明記します。そして第1段階から記録を当たり前にし、記録の件数を評価に使わないと先に明言する。2026年10月1日からは、顧客等の言動により労働者の就業環境が害されることのないよう、相談に応じ適切に対応するための体制の整備などが事業主に求められます。相談を理由とする不利益な取扱いも禁じられます。仕組みを作るなら、この枠組みを踏まえて設計してください。
よくある質問
基準を作ると、顧客への対応が冷たくなりませんか
逆の効果のほうが大きいと考えられます。基準がない状態では、担当者は自分を守るために最初から距離を取った対応になりがちです。どこまで踏み込んでよいかが明確になると、第1段階の範囲では落ち着いて対応できます。基準は、切るためだけのものではありません。
通話を録音すべきですか
録音する場合は、保存期間とアクセスできる人の範囲を先に決めてください。音声は個人情報にあたりうるため、目的を超えた利用や無制限の保存は避ける必要があります。また、録音していることを相手に伝えるかどうかも、運用として決めておく事項です。判断に迷う場合は専門家に確認してください。
第2段階の「30分」という基準は適切ですか
業種によって変わります。技術的な説明が必要な窓口では30分は短すぎ、店頭では長すぎることもあります。過去の対応の所要時間を集計し、通常の対応の分布から外れる時間を境目にしてください。他社の数字をそのまま使わないことです。
同じ相手から繰り返される場合は、どうすればよいですか
個別の対応から、組織としての方針の話に切り替える段階です。この記事の仕組みでは、同一の識別子で短期間に第2段階以上が複数回記録された場合に、別途通知するようにしています。回数の基準は自社で決めてください。方針の決め方は、事案の内容によって専門家への相談が必要になることもあります。
担当者が段階を選んでくれません
入力の手間を疑ってください。選択以外に文章の入力を求めていないか、記録の画面にたどり着くまでに何回の操作が必要か。そのうえで、第1段階も記録する運用になっているかを確認してください。記録が特別な行為になっていると、迷ったときに記録しない側に倒れます。
小さい会社でも仕組みが必要ですか
規模にかかわらず、基準の3段階と「その場で終了してよい」の明記だけは作る価値があります。通知の自動化は、窓口が数人になってから検討すれば足ります。1人の窓口であれば、代わる先を社外に設定するところから始めてください。
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