クレーム対応のマニュアルを作る。数十ページになる。そして、実際に電話が鳴ったとき、誰もそれを開きません。
開かれない理由は、分量ではありません。マニュアルが例文集になっていて、判断の分岐が書かれていないからです。困っているのは言い回しではなく、この場で何を約束してよいのかが分からないことです。この記事では、クレームを3つに分けて分岐を1枚にする設計と、法令上どこまでが請求できることなのかの線引きを説明します。
この記事でわかること
- マニュアルが開かれない構造と、クレームを3つに分ける方法
- 謝罪を2段階に分ける設計と、その場で言えることの決め方
- 民法の契約不適合責任と、通信販売の返品に関する定め
ムダの現状:マニュアルが例文集になっている
クレーム対応のマニュアルには、たいてい次のものが並んでいます。
心構え。話の聞き方。使ってはいけない言葉。お詫びの言い回し。場面別の例文。
どれも役に立つのですが、実際に電話を受けている人が困っているのは、そこではありません。困っているのは、この場で何を約束してよいのか、どこから上に上げるべきなのかが分からないことです。
対応している人が、実際に迷うこと
| 迷う場面 | 例文集に書いてあるか | 本当に必要なもの |
|---|---|---|
| 謝ってよいのか | 言い回しは書いてある | 何に対して謝るかの区別 |
| 交換や返金を約束してよいか | 書かれていないことが多い | その場で言える範囲の線 |
| いつ上に上げるか | 「適宜」と書いてある | 上げる条件を数字と事実で |
| 自社に非がない場合 | 例文はあるが基準がない | 事実確認が終わるまでの言い方 |
4つとも、言い回しの問題ではなく判断の問題です。判断が書かれていないマニュアルは、判断が必要な場面で開かれません。
機械に渡せる部分と、人に残す部分
| 工程 | 中身 | 誰がやるか |
|---|---|---|
| 話を聞く | 相手の状況と要望を把握する | 人 |
| 分類 | 3つのどれかを選ぶ | 人。選ぶだけ |
| 履歴の呼び出し | 同じ相手の過去のやり取り | 機械 |
| 上に上げる判定 | 条件に当てはまるかを見る | 機械。条件は事前に決める |
| 約束する | 交換、返金、訪問などを決める | 人。範囲は事前に決める |
2番目と5番目を、その場の判断から事前の設計に移すことが、この記事の中心です。
スキームの全体図:3つに分け、分岐を1枚にする
順番が重要です。例文から作り始めると、分岐のない例文集になります。分岐を先に作り、その末端に例文を置くと、対応する人は分岐をたどるだけで言い方まで到達できます。
必要なツールと費用(2026年9月23日時点)
| 必要なもの | 用途 | 費用の考え方 |
|---|---|---|
| 分岐の1枚 | 電話中に見る唯一の資料 | 作成の時間のみ |
| 対応の記録 | 分類と結果を1行で残す | 既存の台帳に列を足す |
| 過去のやり取りの検索 | 同じ相手の履歴を出す | 既存の契約の範囲 |
| 自社の約款や規約 | できることの前提を確認する | 既にあるもの |
1つ目を、必ず1枚に収めてください。電話を受けながら開くものなので、めくる資料は使われません。壁に貼るか、画面に常時出しておける大きさにします。
導入手順:過去3か月を3つに分けるところから
Step 1:中身を、3つに分ける
過去3か月のクレームを並べ、次の3つに分けます。
| 分類 | 中身 | できることの性質 |
|---|---|---|
| 契約の内容と違う | 不良、数量不足、仕様が違う | 法令上の請求権が関わる |
| 期待とのズレ | 思っていたのと違う、使いにくい | 自社の方針で決める範囲 |
| 対応への不満 | 返事が遅い、言い方、たらい回し | こちらの落ち度。すぐ謝れる |
この3つは、できることの性質がまったく違います。1つ目は法令上の請求権が関わり、2つ目は自社が決めてよい範囲で、3つ目はこちらに落ち度があることが多い。
実際に分けてみると、件数がいちばん多いのは3つ目であることが少なくありません。これは良い情報です。3つ目は自社の運用を直せば減らせるからです。
3つ目の中身も、さらに分けると打ち手が見えます。返事が遅い、担当が変わるたびに同じ説明をさせられる、言い方が悪かった、約束した日に連絡が来なかった。前の3つは仕組みで減らせます。最後の1つは、約束したことの記録が残っていないことが原因であることが多く、これも仕組みの問題です。
1件に複数が混ざっている場合
実際のクレームでは、3つが混ざります。「商品が不良だったうえに、問い合わせても返事が来なかった」という形です。
この場合は、2つに分けて別々に扱ってください。対応への不満の部分は、その場ですぐ謝れます。契約の内容と違う部分は、事実確認をしてから答える。混ぜて扱うと、謝れる部分まで確認待ちになり、相手の不満が増えます。
Step 2:謝罪を、2段階に分ける
「謝ってよいのか」という迷いは、謝罪を1種類だと考えているから生まれます。
分けるのは2つです。
1つ目は、不便や不快をかけたことへの謝罪。これは、事実確認の前でも言えます。相手が困っている、時間を使っている。この事実は確認しなくても分かります。
2つ目は、自社に非があることを認める謝罪。これは、事実確認が終わるまで言えません。
この2つを分けて書いておくと、「非がない場合」の対応も決まります。事実確認が終わるまでは1つ目だけを言い、確認の結果を伝えるときに2つ目を言うかどうかが決まる。
ここで、確認にかかる時間を必ず伝えてください。「確認します」だけで切ると、待つ側は何日待てばよいか分かりません。いつまでに折り返すかを、その場で言う。これが対応への不満を増やさない最大の要点です。
Step 3:その場で言える範囲を、金額と手段で決める
対応する人が上長に確認している間、相手は待っています。この待ち時間が、新しい不満を生みます。
だから、確認なしで言える範囲を先に決めます。決めるのは2つ、金額と手段です。
金額は、過去の対応の実績から出してください。過去3か月に実際に行った交換や返金の金額を並べ、その大半が収まる金額を線にします。
手段は、選択肢として並べます。交換、返金、再送、訪問、修理。このうちどれを即答してよく、どれが確認を要するかを書きます。訪問と修理は日程の調整が要るので、即答の対象から外すのが実務的です。
そして、範囲内なら確認せずに即答してよい、と明記してください。書いていないと、念のため確認する運用が続き、線を引いた意味がなくなります。
Step 4:上に上げる条件を、事実で書く
「適宜、上長に報告する」という書き方をやめます。適宜では、上げるかどうかが個人の判断になり、上げにくい空気があると上がりません。
条件を、観察できる事実で並べてください。
金額が線を超えている。同じ相手から3回目以上である。けがや健康に関わる話が出ている。報道や公表に言及がある。対応の時間が一定を超えている。相手の言動が業務に支障を及ぼす程度になっている。
これらは、どれも判断ではなく事実です。当てはまったら上げる、と決めておけば、上げるかどうかで悩む時間がなくなります。
そして、上げた人を責めないでください。条件に当てはまったから上げた、という行動が正しい。上げた結果「これくらい自分で処理して」と言われた経験が1回あると、次から上がりません。
Step 5:例文は、分岐の末端に置く
ここまでできてから、例文を足します。
分岐の末端、つまり「契約の内容と違う、かつ金額が線の範囲内、かつ在庫がある」といった具体的な状態ごとに、言い方を1つ書く。これなら、対応する人は分岐をたどるだけで言い方まで到達できます。
例文を先に集めて章立てすると、対応する人は「いまの状況がどの章か」を自分で判断することになります。その判断が難しいから、マニュアルが開かれないのです。
1枚に収まらないときは、扱う範囲を狭める
分岐を書いていくと、1枚に収まらなくなります。このとき、字を小さくしないでください。
収まらないのは、扱う範囲が広すぎるからです。商品別、チャネル別、あるいは一次対応と二次対応で、1枚を分けてください。電話を受ける人が見るのは、その人が扱う範囲の1枚だけで足ります。
分け方の目安は、線の金額が変わるところです。商品によって即答できる金額が違うなら、そこが1枚の境目になります。同じ金額で扱えるものは、無理に分けなくて構いません。
そして、1枚に書ききれなかった細かい条件は、別の表に逃がしてください。1枚のほうには「詳しい条件は別表を見る」とだけ書く。分岐そのものが1枚に収まっていれば、対応する人は迷いません。
現場の合意の取り方:判断を個人に背負わせない
| 懸念 | 背景 | 答え方 |
|---|---|---|
| 即答して間違えたら責任を問われる | 過去に個人が責められた | 範囲内の即答は会社の判断だと明記する |
| 上に上げると迷惑がられる | 上げたときの反応が悪かった | 条件を事実で書き、当てはまったら必ず上げると決める |
| 分類を選ぶのが難しい | 1件に複数が混ざる | 分けて2件として扱ってよいと決める |
範囲内の即答は、会社の判断として扱う
Step 3で線を引いても、責任の所在が曖昧だと使われません。
1行加えてください。定めた範囲内で即答したことについて、後から個人の責任を問わない。結果として損失が出ても、それは範囲の設計の問題として扱う。
この1行があると、即答が実際に行われます。そして、即答が行われると、待ち時間から生まれる不満が減ります。
月に1回、分類の分布を見る
対応の記録に、3つの分類と、その場で解決したか上に上げたかを残してください。列を2つ足すだけです。
月に1回、分布を見ます。1つ目が多いなら品質か仕様の説明の問題、2つ目が多いなら販売時の説明や表示の問題、3つ目が多いなら自社の運用の問題です。手を打つ場所が、分類で決まります。
そして、個人別の件数は集計しないでください。クレームを受けた件数は担当の割り振りで決まるものであって、その人の能力を示しません。
失敗パターンと限界:請求できることと、できないこと
契約の内容と違う場合に、相手が請求できること
1つ目の分類、契約の内容と違う場合には、法令上の定めがあります。
民法第562条第1項は、引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができると定めています。同項のただし書きは、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができるとしています。
つまり、修理で対応するか交換で対応するかについて、売主の側に一定の選択の余地があるということです。ただし、買主に不相当な負担を課さないことが条件です。
同法第563条第1項は、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができるとしています。同条第2項は、履行の追完が不能であるときなど一定の場合には、催告をすることなく直ちに代金の減額を請求できるとしています。
同法第564条は、これらの規定は損害賠償の請求および解除権の行使を妨げないとしています。
そして、同法第566条は、売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主はその不適合を理由とする請求等をすることができないとしています。
これらは原則を定めたものであり、契約の内容や当事者の事情によって結論は変わります。自社の取引にどう当てはまるかは、契約書や約款とあわせて確認してください。判断に迷う場合は弁護士に相談してください。
通信販売の返品には、別の定めがある
通信販売で商品を売っている場合、返品について特定商取引法に定めがあります。
同法第15条の3第1項は、通信販売をする場合の商品等の販売条件について広告をした販売業者が売買契約の申込みを受けた場合などにおいて、購入者は、その売買契約に係る商品の引渡しを受けた日から起算して8日を経過するまでの間は、その売買契約の申込みの撤回またはその売買契約の解除を行うことができると定めています。
ただし、同項のただし書きは、当該販売業者が申込みの撤回等についての特約を当該広告に表示していた場合には、この限りでないとしています。
つまり、返品の条件を自社で定めて広告に表示していれば、その特約が優先します。表示していなければ、8日間は撤回や解除ができるということです。
同条第2項は、申込みの撤回等があった場合において、商品の引渡しが既にされているときは、その引取りまたは返還に要する費用は購入者の負担とするとしています。
自社の広告や商品ページに返品の特約が表示されているか、表示の方法が要件を満たしているかは、実際に確認してください。この点は、クレーム対応の分岐を作る前提になります。
2つ目の分類は、自社で決めてよい範囲
「思っていたのと違う」という2つ目の分類は、法令上の請求権が当然に生じるものではありません。
だからこそ、自社で方針を決めておく必要があります。どこまで応じるか。応じる場合の条件は何か。応じない場合に何を伝えるか。
ここを決めていないと、対応する人ごとに答えが変わります。そして、答えが変わったことが次のクレームになります。2つ目の分類こそ、方針を明文化する価値が大きいと考えてください。
あわせて、この分類が多い場合は、販売時の説明や商品ページの表示を見直す材料になります。期待とのズレは、買う前の情報で減らせます。
この仕組みが向かない場合
取り扱う商品やサービスの種類が多く、分岐が商品ごとに大きく変わる場合は、1枚にまとまりません。この場合は、共通する骨格だけを1枚にし、商品別の条件は別の表で引く形にしてください。
また、相手の言動が業務に支障を及ぼす程度になっている場合は、この記事の分岐では扱いません。対応の打ち切りや記録の残し方は、別の設計が必要です。
AIを使うなら、分類の候補と過去の照会に
クレーム対応にAIを使う場合、回答文を自動で作らせるのは勧めません。事実確認が済んでいない段階で、確定的な表現が出てくる危険があります。
効くのは2つです。1つは、記録された内容から3つの分類の候補を出すこと。もう1つは、同じ相手の過去のやり取りと、似た事象の過去の対応を呼び出すことです。
とくに2つ目は、対応する人が変わっても一貫した答えを出すのに役立ちます。答えが人によって変わることが、クレームを増やす大きな原因だからです。
効果の測り方
| 数字 | 測り方 | いつ見るか |
|---|---|---|
| その場で解決した割合 | 1回のやり取りで終わった件数 | 毎月 |
| 分類3(対応への不満)の件数 | 分類別の件数 | 毎月 |
| 上に上げた件数 | 条件に当てはまって上げた件数 | 毎月 |
1つ目が、その場で言える範囲を決めた効果を示します。線を引く前と後で比べてください。
2つ目が、この仕組みの本当の成果です。対応への不満は、自社の運用で減らせます。ここが減っていれば、1回目の対応の質が上がっています。
3つ目は、多くても悪い数字ではありません。条件に当てはまったものが上がっているということです。逆にゼロが続く場合、条件が厳しすぎるか、上げにくい空気が残っている可能性があります。
まとめ
クレーム対応のマニュアルが開かれないのは、分量ではなく中身の問題です。困っているのは言い回しではなく、この場で何を約束してよいのか、どこから上に上げるべきなのかが分からないことです。
やることは3つです。クレームの中身を3つに分けること。謝罪を、不便をかけたことへの謝罪と非を認める謝罪の2段階に分けること。そして、その場で言える範囲を金額と手段で決めることです。
上に上げる条件は、「適宜」ではなく観察できる事実で書きます。そして、条件に当てはまって上げた人を責めないでください。
例文は、最後に分岐の末端へ置きます。例文から作り始めると、分岐のない例文集になります。
そして、1つ目の分類には法令上の請求権が関わります。民法の契約不適合責任と、通信販売であれば特定商取引法の返品に関する定めを、自社の約款や広告の表示とあわせて確認してください。
よくある質問
自社に非がない場合、謝ってはいけないのですか
謝罪を2段階に分けてください。不便や不快をかけたことへの謝罪は、事実確認の前でも言えます。相手が困っていて時間を使っていることは、確認しなくても分かるからです。自社に非があることを認める謝罪は、事実確認が終わってからです。この2つを分けておくと、確認中の言い方が決まります。
不良品の場合、交換と返金のどちらに応じる必要がありますか
民法第562条第1項は、契約の内容に適合しない場合に、買主が修補、代替物の引渡し、不足分の引渡しによる履行の追完を請求できると定めています。同項のただし書きは、買主に不相当な負担を課さないときは、売主が請求と異なる方法で追完できるとしています。代金の減額については第563条に、損害賠償や解除については第564条に定めがあります。実際の結論は契約の内容によって変わるため、自社の約款とあわせて確認し、判断に迷う場合は弁護士に相談してください。
通信販売の返品は、必ず受け付ける必要がありますか
特定商取引法第15条の3第1項は、商品の引渡しを受けた日から起算して8日を経過するまでの間は申込みの撤回または契約の解除ができると定めていますが、同項のただし書きで、販売業者が撤回等についての特約を広告に表示していた場合はこの限りでないとしています。自社の広告や商品ページに返品の特約が表示されているか、表示の方法が要件を満たしているかを確認してください。なお同条第2項は、返品に要する費用は購入者の負担とするとしています。
「適宜、上長に報告」のどこが問題ですか
上げるかどうかが個人の判断になり、上げにくい空気があると上がらないことです。条件を観察できる事実で並べてください。金額が線を超えている、同じ相手から3回目以上である、けがや健康に関わる話が出ている、報道や公表に言及がある。当てはまったら上げる、と決めておけば、悩む時間がなくなります。
1件のクレームに複数の内容が混ざっている場合は
分けて2件として扱ってください。対応への不満の部分はその場ですぐ謝れます。契約の内容と違う部分は事実確認をしてから答えます。混ぜて扱うと、謝れる部分まで確認待ちになり、相手の不満が増えます。
分岐が1枚に収まりません
字を小さくしないでください。収まらないのは扱う範囲が広すぎるからです。商品別、チャネル別、あるいは一次対応と二次対応で1枚を分けてください。電話を受ける人が見るのは、その人が扱う範囲の1枚だけで足ります。
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