
この記事は、英文の契約書を自分で判断するための記事ではありません。法務や弁護士に渡す前に、担当者が何を見ておくかという下読みの手順です。契約の可否や条項の有効性は、必ず専門家に確認してください。
英語の契約書が回ってきて、法務に出す前に目を通してほしいと言われる。開くと40ページあって、どこから読めばいいか分からない。
全部を読む必要はありません。読む順番と、印をつける語を決めておくだけで、下読みは1時間以内に終わります。
全部を読もうとするから終わらない
最初から順番に読む方法は、この書類には向いていません。
前半は定義と前提でできている
冒頭には当事者の表記や用語の定義が並びます。ここは読んでも判断材料になりません。しかも量が多いので、最初から読むと前半で力尽きます。定義は、本文を読んでいて分からない語が出てきたときに戻る場所であって、通読する場所ではありません。
自社に関係しない条項が半分ある
雛形をもとに作られていることが多いため、今回の取引に関係しない条項が含まれています。海外での紛争解決の手続きや、今回は発生しない業務についての規定など。関係するところだけを選んで読むほうが、精度も上がります。
読み切っても、判断はできない
時間をかけて全部読んでも、その条項が自社にとって不利かどうかは、担当者には判断できません。判断には、過去の取引や他社との条件との比較が要ります。だから、下読みの目的は判断ではなく、専門家が判断しやすい形に整理することです。
この記事の前提(判断は専門家、下読みは自分)
役割を分けておくと、やることがはっきりします。
| やること | 担当 |
|---|---|
| 取引の実態を知っている | 自分 |
| 条項の意味を正確に取る | 専門家 |
| 実務と条文のずれを見つける | 自分 |
| リスクの大きさを評価する | 専門家 |
| 相手と条件を交渉する | 両方 |
担当者にしか分からないことがある
納品の実態、想定している数量、現場の運用。これは法務にも弁護士にも分かりません。条文を読んで「実際にはこうならない」と気づけるのは担当者だけです。下読みの価値はここにあります。語学力より、業務を知っていることのほうが効きます。
分からない語は、分からないまま渡していい
意味が取れない条項があっても、無理に解釈しないでください。誤った理解のまま報告すると、そこを起点に判断が狂います。分からなかった箇所に印をつけて渡す。それも十分に価値のある成果物です。
翻訳だけして渡さない
全文を機械的に訳して渡しても、専門家の手間は減りません。むしろ訳の質を確認する作業が増えます。渡すべきなのは、実務とのずれと、疑問点です。英語の論文をAIで読むとき、要約より先に決めることと同じで、要約より先に条件の抽出が要ります。
読む順番を決める
先に読む場所が決まっていれば、40ページでも1時間で回せます。
最初に見るのは、終わり方
契約期間、自動更新の有無、解約の通知期限。ここが実務にいちばん響きます。自動更新に気づかず1年延びる、通知期限を過ぎて解約できない。こうした事故は、条文の難しさではなく、見落としで起きます。期間と終わり方だけは、必ず最初に確認してください。
次にお金の数字と日付
金額、通貨、支払期日、遅延した場合の扱い、値上げの条件。数字と日付だけを拾えばいいので、英語が読めなくても抜き出せます。ここで実務と違う数字が出てきたら、それだけで報告する価値があります。
義務の範囲は、実務と突き合わせる
何を、どのくらいの品質で、いつまでに提供するか。ここは担当者がいちばん強い部分です。書かれている内容が現場の運用と違っていれば、その場で指摘できます。契約書の読解ではなく、業務の確認だと思って読んでください。
意味が反転する語に印をつける
読み飛ばすと内容が変わる語があります。意味を判断する必要はなく、印をつけるだけで構いません。
| 語 | 読み飛ばすと起きること |
|---|---|
| shall / may | 義務と裁量を取り違える |
| notwithstanding | 他の条項が上書きされていると気づかない |
| subject to | 条件付きなのに無条件だと思う |
| provided that | ただし書きを見落とす |
| including without limitation | 例示を限定列挙と誤解する |
| reasonable / best efforts | 努力の程度が曖昧なまま残る |
shall と may は、主語とセットで見る
shall は義務、may は裁量を表すのが一般的です。問題は、その主語がどちらの当事者かです。自社が shall で相手が may という並びが続いていたら、そこは報告する価値があります。単語の意味を知っているだけでは足りず、誰の義務かまで見てください。
notwithstanding と subject to は、優先関係を変える
この2語が出てきたら、その文はどこか別の条項との関係を語っています。前の条項を打ち消していることもあれば、別の条項の条件下でのみ有効という意味のこともあります。ここを読み飛ばすと、条文を1つずつ読んでも全体の結論が逆になります。見つけたら印をつけて、関係している条項の番号も控えてください。
「合理的な努力」は、程度が決まっていない
努力義務を表す言い回しは、具体的に何をすれば足りるのかが文面から決まりません。実務で問題になりやすい部分なので、見つけたら「これは具体的に何をすることになりますか」と質問の形で残しておくと、専門家が判断しやすくなります。
自社に効く条項だけ抜き出す
下読みの成果物は、要約ではなく抜き出しです。
| 抜き出す項目 | 書き方 |
|---|---|
| 期間 | 開始日・終了日・更新の有無 |
| 解約 | 何日前に、どの方法で |
| 金額 | 通貨・税の扱い・支払期日 |
| 義務 | 誰が、何を、いつまでに |
| 責任 | 上限の有無(金額があれば転記) |
| 秘密保持 | 期間と、終了後の扱い |
原文の条項番号を必ず添える
抜き出した内容には、必ず元の条項番号を付けてください。専門家が原文に戻れるようにするためです。番号がないと、確認のために全文を探すことになり、渡した意味が半減します。ページ番号も併記できるとなお良いです。
訳が不確かな箇所は、原文のまま残す
自信のない箇所は、日本語にせず英文のまま貼ってください。そのうえで「この部分の意味が取れませんでした」と書く。誤訳を混ぜるより、はるかに安全です。読めなかったことは失敗ではありません。
実務とのずれは、具体的に書く
「実態と違う気がします」では伝わりません。「条文では5営業日以内の納品となっているが、現在の運用は10営業日」のように、条文の記述と実際の運用を並べて書いてください。この形だと、専門家がすぐ交渉材料にできます。
専門家に渡すときの3点セット
渡し方をそろえておくと、戻ってくるのが早くなります。
1. 取引の概要を5行で
誰と、何を、いくらで、いつからいつまで、なぜこの取引をするのか。契約書だけ渡されても、専門家は背景を知りません。5行あるだけで、確認の往復が減ります。ここは担当者にしか書けない部分です。
2. 抜き出した6項目の表
前章の表に条項番号を付けたものです。これがあると、専門家は原文の該当箇所から確認を始められます。表の形にしておくと、抜けている項目も見つかりやすくなります。
3. 疑問点のリスト
分からなかった箇所と、実務とずれている箇所を並べます。それぞれに条項番号を付けてください。ここが下読みの本体です。質問が5つ書けていれば、下読みとしては十分な仕事になっています。
まとめ
担当者の役割は、判断ではなく整理です。
- 前から読まない。定義と一般条項は最後、または読まない
- 読む順番は、期間と終わり方 → お金 → 義務の範囲 → 責任
- 意味が反転する語には印をつける。判断はしない
- 成果物は要約ではなく、条項番号つきの抜き出し
- 訳が不確かな箇所は、原文のまま残す
- 渡すのは、取引の概要5行・抜き出しの表・疑問点のリスト
条項の意味や有効性の判断は、必ず法務や弁護士に確認してください。担当者が出すのは、判断の材料までです。
よくある質問
機械翻訳にかけてもいいですか
社内の規程で外部サービスへの投入が制限されていないかを先に確認してください。契約書は秘密情報を含むことが多い書類です。許可されている場合でも、訳文をそのまま報告に使わず、原文の条項番号と併記する形にしてください。
日本語版が併記されている場合はどちらを読みますか
両方に目を通したうえで、どちらが優先するかを定めた条項を探してください。優先する言語が決まっていることが多く、そこがずれていると解釈が変わります。この条項の有無と内容は、専門家にも必ず伝えてください。
相手から「軽微な修正です」と言われた版はどうしますか
変更箇所を自分で特定してください。前の版との差分を取れば、どこが変わったかは英語が読めなくても分かります。軽微かどうかの判断は、差分を見た専門家がします。
下読みにどのくらい時間をかけるべきですか
1時間を目安にしてください。それ以上かけても、担当者にできることは増えません。1時間で終わらないなら、抜き出す項目を減らして、疑問点の数を増やすほうが役に立ちます。
英語力がないと下読みは無理ですか
数字と日付を拾い、条項番号を控え、分からない箇所に印をつける。この3つは語学力にあまり左右されません。むしろ、業務の実態を知っているかどうかのほうが効きます。