この記事の内容
揉めるのは相性ではなく、基準がないから
インサイドセールスを立ち上げると、数か月でこの会話が起きます。
フィールドセールス側から「こんな案件を渡さないでほしい」。インサイドセールス側から「渡しても動いてくれない」。
人の相性の問題に見えますが、ほとんどの場合、原因は1つです。渡してよい案件の基準が、文章で決まっていない。
基準がないと、両側が自分の感覚で判断します。そして感覚は一致しない。一致していないことに、揉めるまで誰も気づかないのが厄介なところです。
トスアップの流れ。決めるべきは関門の基準と、差し戻しの道。
この記事では、基準の作り方と、合意の取り方、そして差し戻しの扱いまでを書きます。営業代行として入る場合も、社内で立ち上げる場合も、決めることは同じです。
なお、この話はインサイドセールスを置いていない組織でも使えます。架電やメールで接点を作る人と、商談を進める人が別なら、規模に関係なく同じ問題が起きるからです。2人の会社でも、役割が分かれた時点で基準が要ります。
既存の枠組みをそのまま使うと機能しない
案件の見極めには、よく知られた枠組みがあります。予算、決裁権、必要性、時期。この4つで見る考え方です。
枠組み自体は有効です。ただしそのまま持ち込むと、まず機能しません。理由が3つあります。
理由1:言葉の定義が人によって違う
「予算がある」とは何を指すのか。すでに予算項目として確保されている状態か、社内で調達できる見込みがある状態か、担当者が「たぶん出せる」と言った状態か。
この3つは全部違うものです。どれを指すかを決めないまま使うと、渡す側は3つ目で判断し、受ける側は1つ目を期待することになります。
理由2:4つ揃う案件は、ほとんどない
初回の接触で4つすべてが確認できる案件は、新規開拓ではまれです。揃うまで待つと、トスアップの件数がゼロに近づきます。
そして件数がゼロになると、今度は「インサイドセールスが機能していない」という話が始まる。こうして立ち上げそのものが疑われます。
理由3:商材によって重みが違う
単価の低い商材では、決裁権の確認より時期のほうが重要になります。導入に時間がかかる商材では、逆です。
同じ4要素を使っても、どれを必須にしてどれを任意にするかは、商材ごとに変わります。
枠組みは、そのまま使うものではなく、言葉を埋める器
4要素は、確認すべき項目の漏れを防ぐには有効です。ですが判定基準としては、自社の言葉に翻訳しないと使えません。次の章でその作り方を書きます。
4要素を自社の言葉で定義する
やることは単純です。各要素について、「この状態ならトスアップしてよい」という文章を1行ずつ書きます。
書き方の原則
- 確認できたかどうかで判定できる形にする。「意欲が高い」のような主観を入れない
- 相手の言葉で書く。相手がどう言ったかで判定する
- 1行に収める。長い条件は、実際の通話中に思い出せません
定義の例
| 要素 | 悪い定義 | 使える定義 |
|---|---|---|
| 予算 | 予算がありそう | おおよその金額感を相手が口にした。または「いくらくらいか」と聞かれた |
| 決裁権 | 決裁者と話せている | 誰が決めるかを相手が答えた。本人でなくてもよい |
| 必要性 | 課題を感じている | 現状のやり方と、そこで困っている点を相手が具体的に話した |
| 時期 | 前向き | 検討する時期について、月または四半期の単位で相手が答えた |
決裁権の定義に注目してください。「決裁者と話せている」ではなく「誰が決めるかを相手が答えた」にしています。
インサイドセールスの段階で決裁者に到達するのは、多くの場合難しい。到達を条件にすると件数が出ません。ですが「誰が決めるか」が分かっていれば、フィールドセールスは動けます。
書いたら、実際の通話で試す
定義を作ったら、次の10件で使ってみてください。判定に迷った案件が出たら、そこが定義の穴です。
迷った理由を書き留めて、定義に条件を足すか、判定の例を追加してください。机上で完璧な定義を作ろうとするより、この直し方のほうが早く固まります。
全部揃うまで待たない
4つすべてが揃う案件はまれです。そこで、トスアップの条件を段階に分けます。
必須と任意を分ける
4要素のうち、必須を2つに絞ります。残り2つは任意にして、揃っていれば引き継ぎ時に伝えます。
| 商材の性質 | 必須にする2つ | 理由 |
|---|---|---|
| 単価が低く、導入が早い | 必要性・時期 | 予算は決裁の場で決まることが多く、事前確認の価値が低い |
| 単価が高く、導入に時間がかかる | 必要性・決裁権 | 誰が決めるかが分からないと、商談が長期化して止まる |
| すでに他社を使っている前提の商材 | 必要性・時期 | 切り替えの時期が分からないと、動きようがない |
どの商材でも必要性は必須に入ります。ここが確認できていない案件は、フィールドセールスが行っても話が始まりません。
任意の要素は「不明」と書いて渡す
任意にした要素は、確認できていなければ「不明」と書きます。空欄にしないでください。
空欄は「聞いていない」と「聞いたが分からなかった」を区別できません。この2つは意味が違います。前者は次の接触で聞けますが、後者は相手も分かっていないということです。
必須を3つ以上にしない
必須を増やしたくなる場面が必ず来ます。差し戻しが続いたときです。
ですが必須を3つにすると、件数が急に落ちます。要素が1つ増えるごとに、条件を満たす案件は目に見えて減るからです。
差し戻しが多いときに増やすべきなのは必須の数ではなく、引き継ぎで渡す情報の量です。受ける側が不安なのは、要素が足りないことではなく、状況が分からないことであるケースが多い。
2段階にする方法もある
件数が必要な場合、トスアップを2段階に分ける方法があります。
- 情報提供の同行。必要性だけ確認できた段階で、フィールドセールスが同席する。商談ではなく、情報提供の場として設定する
- 商談。必須2要素が揃った段階で、正式に引き継ぐ
1段階目を用意すると、フィールドセールスが早い段階の案件に触れられます。そして、その場で追加の情報が取れることが多い。
ただし、1段階目を乱発するとフィールドセールスの時間が埋まります。週に何件までか、上限を決めてください。
基準に合意を取る手順
基準は、書いただけでは機能しません。両側が同じものを見ている状態を作る必要があります。
1. 過去の案件で試す
新しい基準を作ったら、まず過去の案件20件に当てはめます。実際に受注したもの、失注したもの、途中で止まったものを混ぜます。
そして両側で別々に判定して、突き合わせます。判定が割れた案件が、合意の取りどころです。
この作業をやらずに運用を始めると、最初の揉め事が起きるまで基準のズレが見えません。
2. 割れた案件だけを議論する
一致した案件は議論しません。時間の無駄です。割れた案件について、それぞれがどう読んだかを聞きます。
たいてい、言葉の解釈が違っています。そこで定義の文章を直します。議論の結論ではなく、直した文章を残してください。
3. 判定の例を5件、基準に添える
定義の文章だけでは、境界の案件で迷います。そこで実際の案件から、渡してよい例と渡せない例を並べます。
渡してよい例を3件、渡せない例を2件。この5件があると、新しく入った担当者が読んだだけで判定できるようになります。
例は、過去の案件をそのまま使ってください。作文した例は境界が甘くなるので、判定の助けになりません。
4. 基準を1枚にして、両側が見える場所に置く
共有ドキュメントでも、CRMの画面でも構いません。判定する瞬間に見られる場所に置くことが条件です。
別のフォルダに保存されている基準は、参照されません。参照されない基準は、無いのと同じでしょう。
5. 判定が割れたときの決裁者を決めておく
基準を使っても判定が割れる案件は、必ず出ます。そのときにどちらが決めるかを先に決めておきます。
実務では、受ける側(フィールドセールス)に決定権を置くのが機能しやすい形です。受ける側が納得していない案件は、渡しても進まないからです。
ただしこの形にすると、受ける側が基準を厳しく運用しがちになります。だから次の章の差し戻しルールが要ります。
差し戻しのルールを先に決める
基準を満たしていない案件が渡ることは、必ずあります。問題は、そのときの扱いを決めていないことです。
決めていないと、受けた側は抱えたまま放置するか、渡した側を責めるかの二択になります。どちらも成果になりません。
差し戻しを正常な動作として設計する
| 決めること | 内容 |
|---|---|
| 期限 | 受け取ってから何営業日以内に判断するか。2営業日程度が現実的 |
| 理由の記入 | どの要素が満たされていなかったかを必ず書く。「時期が不明」のように |
| 戻した後の扱い | インサイドセールス側で再度育てるのか、対象外にするのか |
| 件数の扱い | 差し戻された案件を、トスアップ件数から引くかどうか |
件数の扱いが最も重要
インサイドセールスの評価がトスアップ件数だけで決まると、基準を満たさない案件を渡す動機が生まれます。差し戻されても件数に残るなら、なおさらです。
差し戻された案件は件数から引く。この一文があるだけで、渡す側の判定が慎重になります。
ただし、差し戻し率が高いこと自体を責めないでください。責めると、今度は確実な案件しか渡さなくなり、件数が落ちます。見るべきは率ではなく、差し戻しの理由の偏りです。
理由が偏っていたら、基準か手順を直す
差し戻しの理由が「時期が不明」に集中しているなら、時期の聞き方に問題があります。トークに組み込む場所を変えるか、聞き方の例文を用意します。
個人の問題として処理せず、基準か手順の問題として扱ってください。同じ理由が複数の担当者から出ているなら、それは個人の問題ではありません。
引き継ぎで渡す項目
基準を満たしたら、引き継ぎます。ここで渡す情報が不十分だと、フィールドセールスは最初から聞き直すことになります。
聞き直された相手は「話が通っていない」と感じます。この時点で、インサイドセールスが作った関係が一度リセットされます。
渡す項目
| 項目 | 書き方 |
|---|---|
| 4要素の判定と根拠 | 各要素について、相手が何と言ったかを引用に近い形で |
| 接触の履歴 | いつ、どの手段で、何回接触したか |
| 相手の関心の出どころ | 何をきっかけに話が進んだか。資料か、事例か、特定の機能か |
| 触れないほうがよい話題 | 相手が否定的に反応した点。あれば必ず書く |
| 次に何をすると言ったか | こちらが約束したこと。日程、資料の送付など |
4つ目と5つ目が抜けやすい項目です。
触れないほうがよい話題は、書かないと必ず踏みます。「前任の会社でうまくいかなかった」「社内に反対している人がいる」といった情報は、引き継ぎで最も価値があります。
要約せず、相手の言葉を残す
「予算感あり」ではなく「月20万円くらいまでなら、と言っていた」と書きます。
要約すると、受け取った側は判断の材料を失います。要約は、受け取った側が自分でやればよい作業です。
引き継ぎ後、最初の1回は同席する
書面で渡しても、最初の商談で話が食い違うことがあります。インサイドセールス側が同席すると、その場で補足できます。
毎回やる必要はありません。新しい基準を運用し始めた最初の1か月と、担当者が変わったときだけで十分です。
同席の目的は商談を助けることではなく、引き継ぎの精度を確認することです。同席してみて補足が要らなかったなら、引き継ぎの書式は機能しています。
口頭の引き継ぎに頼らない
口頭で伝えた内容は、記録に残りません。担当が変わったときに消えます。
書いたうえで、補足があれば口頭で足す。順番を逆にしないでください。
基準を更新する
基準は作って終わりではありません。ただし、頻繁に変えると運用が混乱します。
更新のタイミングを決める
月に1回、決まった時間に見直します。案件が出るたびに変えると、両側が今どの基準で動いているか分からなくなります。
見直しに使う材料
- 差し戻しの理由の分布。特定の要素に偏っていないか
- トスアップ後に失注した案件の、失注理由。基準を満たしていたのに進まなかったなら、基準に足りない要素がある
- 判定に迷った案件のメモ。定義の穴が見つかる
2つ目が重要です。基準を満たした案件が進まないなら、その基準は必要条件を捉えていません。
たとえば、4要素が揃っているのに毎回「社内で反対が出た」で止まるなら、社内の合意形成の状況を5つ目の要素として足す必要があります。
変えない判断も記録する
見直しの結果、変えないと決めることもあります。そのときも「見直して変えなかった」と記録してください。
記録がないと、同じ議論が翌月にもう一度起きます。そして3回目あたりで、誰かが疲れて基準を緩めます。
議論を一度で終わらせるために、検討した内容と見送った理由を1行ずつ残しておきます。
変えたら、いつから適用するかを明示する
基準を変えたら、適用の開始日を決めます。すでにトスアップ済みの案件は、旧基準のままで扱います。
遡って適用すると、差し戻しが一斉に発生します。これは運用として破綻します。
まとめ
- インサイドセールスとフィールドセールスが揉める原因は相性ではなく、渡してよい案件の基準が文章で決まっていないこと
- 予算・決裁権・必要性・時期という枠組みは有効だが、そのまま使うと機能しない。言葉の定義が人によって違い、4つ揃う案件はまれで、商材によって重みが違うため
- 各要素を「確認できたかどうかで判定できる1行」に翻訳する。「決裁者と話せている」ではなく「誰が決めるかを相手が答えた」
- 必須は2つに絞る。どの商材でも必要性は必須。残りは任意にして、不明なら「不明」と書いて渡す
- 合意は過去の案件20件で両側が別々に判定し、割れた案件だけを議論する。結論ではなく直した文章を残す
- 差し戻しを正常な動作として設計する。期限、理由の記入、戻した後の扱い、そして件数から引くかどうか
- 差し戻し率そのものを責めない。見るべきは理由の偏りで、偏っていたら基準か手順を直す
- 引き継ぎでは要約せず相手の言葉を残す。「触れないほうがよい話題」と「次に何をすると言ったか」が最も抜けやすい
トスアップの基準を決める作業は、地味で、後回しにされます。ですが立ち上げから3か月後に必ず必要になるものなので、先に作っておくほうが安く済みます。
よくある質問
予算・決裁権・必要性・時期の4つで判定すればいいのではないですか
枠組みとしては有効ですが、そのままでは機能しません。「予算がある」が何を指すのかが人によって違うからです。すでに予算項目として確保されている状態か、調達できる見込みか、担当者が「たぶん出せる」と言った状態か。この3つを区別しないと、渡す側と受ける側で期待がずれます。各要素を、確認できたかどうかで判定できる1行に翻訳してください。
4つ全部が揃わないと渡してはいけませんか
揃うまで待つと、トスアップの件数がゼロに近づきます。必須を2つに絞ってください。どの商材でも必要性は必須で、残り1つは商材の性質で決めます。単価が低く導入が早いなら時期、単価が高く導入に時間がかかるなら決裁権です。任意にした要素は、確認できていなければ「不明」と書いて渡します。
基準を作ったのに、判定が割れてしまいます
割れる案件は必ず出るので、どちらが決めるかを先に決めておいてください。実務では受ける側、つまりフィールドセールスに決定権を置くのが機能しやすい形です。受ける側が納得していない案件は、渡しても進まないためです。ただしこの形にすると基準が厳しく運用されがちなので、差し戻しのルールとセットで設計します。
差し戻しが多いと、インサイドセールス側の評価が下がりませんか
差し戻し率そのものを責めないでください。責めると、確実な案件しか渡さなくなり、件数が落ちます。見るべきは差し戻しの理由の偏りです。「時期が不明」に集中しているなら、時期の聞き方に問題があります。同じ理由が複数の担当者から出ているなら、それは個人の問題ではなく、基準か手順の問題です。
引き継ぎには何を書けばいいですか
4要素の判定と根拠、接触の履歴、相手の関心の出どころ、触れないほうがよい話題、次に何をすると言ったか。この5つです。とくに4つ目が抜けやすく、書かないと必ず踏みます。そして要約せず、相手の言葉を残してください。「予算感あり」ではなく「月20万円くらいまでなら、と言っていた」と書きます。
基準はどのくらいの頻度で見直せばいいですか
月に1回、決まった時間に見直します。案件が出るたびに変えると、両側が今どの基準で動いているか分からなくなります。材料は、差し戻しの理由の分布、トスアップ後に失注した案件の失注理由、判定に迷った案件のメモの3つです。基準を満たした案件が進まないなら、その基準は必要条件を捉えていません。
基準を変えたら、既存の案件はどうなりますか
すでにトスアップ済みの案件は、旧基準のままで扱ってください。遡って適用すると、差し戻しが一斉に発生して運用が破綻します。基準を変えるときは、適用の開始日を明示してください。