契約書を1通交わすのに、2週間かかる。印刷して、押印をもらい、郵送し、相手が押印して返送してくる。その間、案件は止まっています。
電子契約に変えれば、この往復は数日に縮みます。ただ、ツールを入れる前に決めることがあります。押印の代わりに何が残るのかです。この記事では、契約の種類で経路を分ける設計と、電子署名法が定める推定の仕組み、そして電子で受け取った契約書の保存について説明します。
この記事でわかること
- 契約書の往復で時間が消える場所と、契約を3つに分ける方法
- 電子署名法が定める電子署名の2要件と、真正に成立したものと推定する仕組み
- 電子で受け取った契約書の保存についての定めと、取引先への案内の作り方
ムダの現状:往復に2週間かかっている
契約書の締結までを分解すると、時間の使われ方がはっきりします。
| 工程 | かかる時間の目安 | 電子にして縮むか |
|---|---|---|
| 文面のすり合わせ | 数日から数週間 | 縮まない |
| 社内の承認 | 数日 | 設計次第 |
| 印刷・押印・郵送 | 2日から4日 | 縮む |
| 相手の押印・返送 | 3日から10日 | 縮む |
| 受領と保管 | 1日 | 縮む |
電子にして確実に縮むのは、後半の3工程です。文面のすり合わせは、電子にしても縮みません。ここを期待すると、導入後に効果が出ていないと感じることになります。
社内の承認が、電子化で長くなることがある
2番目の「社内の承認」は、注意が必要です。
紙の運用では、押印をもらう過程が実質的な承認になっていることがあります。印鑑を管理している人が内容を見て、問題があればそこで止まる。
電子契約に変えると、この関門がなくなります。そして、それを補うために新しい承認の工程を足すと、結果として往復が長くなることがあります。
だから、電子にするときは承認の設計を同時に見直す必要があります。ここが、この記事の中心です。
スキームの全体図:契約の種類で経路を分ける
4番目を軽く見ないでください。契約書は長期にわたって参照するものです。使っているツールを変えたときに、過去の契約書をどう引き継ぐかまで考えておく必要があります。
必要なツールと費用(2026年9月23日時点)
| 必要なもの | 用途 | 費用の考え方 |
|---|---|---|
| 電子契約のサービス | 署名と送信 | 件数で決まる。まず月の件数を数える |
| 契約の台帳 | 相手・日付・期限の管理 | 追加費用なし |
| 自社での保存先 | 締結後の原本を持つ | 既存の契約の範囲 |
| 取引先への案内 | 受け入れてもらう | 作成の時間のみ |
1つ目を選ぶ前に、月に何件の契約書を交わしているかを数えてください。月に数件であれば、費用に見合わないことがあります。その場合は、押印と郵送の工程だけを見直すほうが早く効きます。
導入手順:社内の承認を、署名の前に済ませる
Step 1:契約を、3つに分ける
すべての契約を同じ経路に流さないでください。3つに分けます。
| 区分 | 中身 | 経路 |
|---|---|---|
| 定型 | 自社の雛形をそのまま使うもの | 承認を簡略にして、電子で |
| 非定型 | 相手の雛形、または条項を変えたもの | 通常の承認を経て、電子で |
| 電子にしないもの | 相手が紙を求めるもの、確認が必要なもの | 従来どおり紙で |
3つ目を最初から用意しておくのが要点です。すべてを電子にしようとすると、例外が出たときに止まります。紙の経路を残したまま始めてください。
そして、法令が書面の作成や交付を求めている契約があります。自社が扱う契約のどれがこれにあたるかは、契約の種類ごとに確認が必要です。ここは判断を急がず、迷うものは3つ目に入れてから、個別に確認してください。
Step 2:承認を、署名の前に完了させる
紙の運用で押印が実質的な関門になっていた場合、その機能を承認の工程に移します。
決めるのは2つです。誰が承認するか。そして、承認が不要になる条件は何か。
定型の契約で、金額が一定以下、条項の変更がない、相手が既存の取引先。この3つを満たすなら承認なしで署名に進む、という設計が実務的です。条件を満たさないものだけが承認に回ります。
ここで重要なのは、承認の記録を契約書と一緒に残すことです。誰がいつ承認したかが、締結した契約書と紐づいている状態にしてください。別の場所に記録があると、後から照合できません。
Step 3:署名するアカウントを、人に紐づける
電子契約のサービスでは、アカウントが署名の主体になります。
ここで、共用のアカウントを作らないでください。「契約担当」といった共用のアカウントで署名すると、誰が署名したのかが記録に残りません。
そして、誰がどの範囲の契約に署名できるかを決めます。代表者が署名するもの、部門長が署名するもの、担当者が署名するもの。金額や契約の種類で分けてください。
この決定は、社内の規程と整合させる必要があります。既に決裁の規程がある場合は、それに合わせてください。電子契約のために新しい権限の体系を作ると、紙のときと違う運用になって混乱します。
署名する人が不在のときを、決めておく
署名できる人が1人しかいないと、その人が不在の期間は契約が止まります。紙の押印なら、印鑑を預けるという運用がありましたが、電子ではアカウントを貸すことになり、これは避けるべきです。
代わりに、あらかじめ複数の人に署名の権限を持たせてください。金額や契約の種類で範囲を分けたうえで、同じ範囲を2人以上が扱える状態にする。
そして、誰が署名したかは記録に残ります。だから、権限を広げても後から追えます。ここが、印鑑を預ける運用との決定的な違いです。
Step 4:保存の形を、先に決める
締結した契約書を、電子契約のサービスの中に置きっぱなしにしないでください。
理由は2つあります。1つは、サービスを変えるときに移行が必要になること。もう1つは、保存について別の定めがあることです。後者は次の節で確認します。
自社の保存先に、締結済みのファイルを置いてください。そして、台帳には次の5つを持ちます。相手の名称、契約の種類、締結日、期間の満了日、保存先へのリンク。
4つ目を必ず入れてください。自動更新の契約は、満了日の前に判断が必要になります。この列がないと、気づかないうちに更新されます。
Step 5:取引先への案内を、1枚作る
電子契約は、相手が受け入れて初めて成立します。
案内に書くのは4つです。どんなメールが届くか。相手は何をすればよいか。費用はかかるか。そして、電子でなく紙を希望する場合はどうするか。
とくに4つ目を書いてください。書いていないと、断られたときにその場で対応を考えることになります。紙の経路が残っていることを先に伝えておくと、話が早く進みます。
そして、相手の担当者に届くメールの見え方を、事前に自分で確認してください。実際に自分宛てに1通送ってみる。迷惑メールに入る、リンクが開けない、といった問題はここで見つかります。
最初の3か月は、定型の契約だけで回す
全種類を同時に電子に移さないでください。
最初の3か月は、定型の契約だけにします。承認の条件が機能するか、取引先が受け入れるか、保存と台帳が回るか。この3つを確認してから、非定型を足します。
この期間に、断られた件数と理由を記録してください。理由が「社内の規程で紙が必要」なのか「やり方が分からない」なのかで、次の打ち手が変わります。後者なら、案内を直せば解決します。
あわせて、この3か月で自社側の手戻りも記録してください。送った後に文面の誤りが見つかって送り直す、宛先の担当者が違っていた、といったものです。これらは電子にしたから起きるのではなく、送る前の確認が甘いことから起きます。送信前の確認を1項目足すだけで減ります。
現場の合意の取り方:取引先が受け入れるか
| 懸念 | 背景 | 答え方 |
|---|---|---|
| 取引先に断られたらどうするのか | 相手の都合に依存する不安 | 紙の経路を残し、案内にもそれを書く |
| 押印がないと不安だ | 押印に意味があるという感覚 | 条文が定める推定の仕組みを示す |
| 誰でも締結できてしまう | 押印の関門がなくなる | 承認と署名の権限を規程と合わせて決める |
押印への不安には、条文で答える
2つ目の懸念は、感覚の問題ではなく制度の理解の問題です。条文を示すのがいちばん早い。
民事訴訟法第228条第4項は、私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定すると定めています。これが、紙の契約書で押印が重視される理由です。
そして、電子についても対応する定めがあります。次の節で条文を確認します。
説明するときは、「押印が不要になる」ではなく「押印に代わる仕組みが法令で定められている」という説明にしてください。前者の言い方をすると、何も代わりがないように聞こえます。
権限の整理を、導入の機会にする
3つ目の懸念は、実は電子契約の問題ではありません。
紙の運用でも、押印を管理している人が内容を判断しているとは限りません。言われたとおりに押しているだけ、という状態はよくあります。
電子に移すときに、誰がどの範囲まで締結できるのかを改めて決める。これは、導入の副産物として得られる整理です。この点を説明すると、慎重な人ほど賛成に回ります。
失敗パターンと限界:推定の仕組みと、保存の義務
電子署名とは何か、条文が定めている
電子署名及び認証業務に関する法律第2条第1項は、この法律において「電子署名」とは、電磁的記録に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいうと定めています。
第1号は、当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。第2号は、当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。
つまり、誰が作成したかを示すことと、改変されていないかを確認できること。この2つを満たすものが、法律上の電子署名です。
真正に成立したものと推定する、という効果
同法第3条は、電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定すると定めています。
ここで、同条は本人による電子署名について括弧書きで条件を付けています。「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る」とされています。
この括弧書きが、実務上の意味を持ちます。署名に使うアカウントやパスワードが適正に管理されていることが前提になっている、ということです。
だから、Step 3で共用のアカウントを作らないよう書きました。共用にすると、この条件との関係が問題になりえます。
なお、具体的にどのサービスがどこまでこの要件を満たすか、自社の契約にどう当てはまるかの判断には個別の事情が関わります。重要な契約について電子契約を導入する場合は、弁護士に確認したうえで進めてください。
電子で受け取った契約書には、保存の定めがある
電子契約に移すと、契約書は電子取引として授受されることになります。
電子帳簿保存法第2条第5号は、電子取引について、取引情報の授受を電磁的方式により行う取引をいうと定義しており、同条は取引情報について、取引に関して受領し、又は交付する注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類に通常記載される事項をいうとしています。契約書が明記されています。
そして同法第7条は、保存義務者は、電子取引を行った場合には、財務省令で定めるところにより、当該電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならないと定めています。
つまり、電子で締結した契約書は、この保存の対象になりえます。電子契約のサービスの中に置いてあるだけで足りるのか、自社でも保存が必要かは、要件を確認して判断してください。
実務としては、自社の保存先にも締結済みのファイルを持つほうが安全です。サービスを解約したときに取り出せない、という事態も防げます。
この仕組みが向かない場合
月に交わす契約書が数件であれば、電子契約のサービスの費用に見合わないことがあります。この場合は、押印と郵送の工程だけを見直してください。押印の依頼を紙で回すのをやめる、郵送を宅配便に変えて到着を早める。これだけでも数日縮みます。
また、相手が官公庁や大企業で、先方の様式での締結が求められる場合は、自社の都合で経路を決められません。この場合は、3つ目の区分として扱ってください。
そして、法令が書面の作成や交付を求めている契約については、電子でよいかを個別に確認する必要があります。契約の種類によって定めが異なるため、一律に判断しないでください。
AIを使うなら、締結後の台帳作りに
契約書の内容をAIに確認させる使い方は、慎重に扱ってください。条項の意味を取り違えても、形式が整っているぶん気づきにくいためです。
効くのは、締結後の台帳作りです。締結した契約書から、相手の名称、契約の種類、締結日、期間の満了日を抜き出して台帳の下書きにする。人が確認して確定する。
とくに満了日は、抜けやすく、抜けると自動更新に気づけません。ここを拾わせるだけでも価値があります。
ただし、契約書には取引先の情報が含まれます。外部のサービスに送る場合は、そのサービスの取扱いと、契約上の守秘義務の範囲を確認してください。
効果の測り方
| 数字 | 測り方 | いつ見るか |
|---|---|---|
| 送付から締結までの日数 | 中央値 | 毎月 |
| 電子で締結できた割合 | 全件に対する電子の件数 | 毎月 |
| 満了日が近い契約の件数 | 台帳から90日以内を抽出 | 毎月 |
1つ目は、文面のすり合わせを含めない期間で測ってください。すり合わせが終わって送付した時点から数えます。ここを含めると、電子化の効果が見えなくなります。
2つ目は、100%を目指す数字ではありません。紙の経路は残すものだからです。ただし、低いまま推移する場合は、案内が伝わっていない可能性があります。断られた理由を見てください。
3つ目は、この仕組みの副産物です。台帳に満了日を持たせたことで、自動更新に気づける状態になります。契約の往復が速くなること以上に、実務での価値が大きいことがあります。
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電子帳簿保存法4条3項のスキャナ保存の要件は、経費精算のルールを1枚で決めるで解像度と階調まで踏み込んでいます。
まとめ
電子契約で確実に縮むのは、印刷・押印・郵送と、相手の押印・返送と、受領と保管です。文面のすり合わせは縮みません。ここを期待すると、導入後に効果が出ていないと感じます。
やることは3つです。契約を定型・非定型・電子にしないものの3つに分けること。押印が実質的な関門になっていたぶんを、署名の前の承認として設計すること。そして、署名するアカウントを人に紐づけ、共用にしないことです。
保存は、電子契約のサービスの中に置きっぱなしにせず、自社の保存先にも持ってください。台帳には、相手の名称、契約の種類、締結日、期間の満了日、保存先へのリンクを持ちます。満了日の列がないと、自動更新に気づけません。
押印への不安には、条文で答えます。民事訴訟法第228条第4項は、私文書は本人又はその代理人の署名又は押印があるときは真正に成立したものと推定するとしています。そして電子署名法第3条が、本人による電子署名が行われているときについて同様の推定を定めています。
説明するときは「押印が不要になる」ではなく「押印に代わる仕組みが法令で定められている」という言い方にしてください。
よくある質問
電子署名とは、具体的に何を指しますか
電子署名及び認証業務に関する法律第2条第1項は、電磁的記録に記録することができる情報について行われる措置であって、2つの要件のいずれにも該当するものと定めています。第1号は、当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。第2号は、当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。この2つを満たすものが法律上の電子署名です。
電子契約に、押印と同じ効果はありますか
同法第3条は、電磁的記録であって情報を表すために作成されたものは、記録された情報について本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定すると定めています。ただし同条は括弧書きで、これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより本人だけが行うことができることとなるものに限る、としています。アカウントの管理が前提になっている点に注意してください。
共用のアカウントで署名してもよいですか
勧めません。誰が署名したのかが記録に残らないことに加えて、電子署名法第3条の括弧書きが「本人だけが行うことができることとなるものに限る」としている点との関係が問題になりえます。アカウントは人に紐づけ、誰がどの範囲の契約に署名できるかを社内の規程と整合させて決めてください。
締結した契約書は、サービスの中に置いたままでよいですか
自社の保存先にも持つことを勧めます。電子帳簿保存法第2条第5号の電子取引の定義に係る取引情報には契約書が含まれ、同法第7条は電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存を定めています。要件を満たす形になっているかの確認に加えて、サービスを変えるときや解約するときに取り出せるかという実務上の理由もあります。
すべての契約を電子にすべきですか
最初から3つ目の区分として「電子にしないもの」を用意してください。相手が紙を求める場合、先方の様式での締結が求められる場合、そして法令が書面の作成や交付を求めている契約があります。すべてを電子にしようとすると、例外が出たときに止まります。迷うものはこの区分に入れてから、個別に確認してください。
導入したのに、思ったほど速くなりません
文面のすり合わせを含めて測っていないか確認してください。電子にして縮むのは、印刷・押印・郵送と、相手の押印・返送と、受領と保管です。すり合わせは縮みません。また、押印が実質的な承認になっていた場合、それを補う承認の工程を足したことで往復が長くなっている可能性もあります。承認が不要になる条件を決めているかを見直してください。
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