退職が決まってから最終出社日まで、2週間しかないことがあります。その間に、返却物の回収、各種の届出、アカウントの停止、そして書類の交付。どれか1つが抜けると、後から連絡を取ることになります。
抜ける理由は、担当が分かれているからです。人事、経理、情報システム、現場の上長。それぞれが自分の分だけを見ていて、全体を見ている人がいない。この記事では、1人1枚の進行表で全体を見る設計と、労働基準法が定める2つの期限を説明します。
この記事でわかること
- 退職の手続きが抜ける構造と、1人1枚の進行表で全体を見る設計
- 期限のあるものを先に並べる方法と、アカウントの停止を最終出社日に寄せない理由
- 労働基準法が定める退職時等の証明書と、7日以内の金品の返還
ムダの現状:担当が分かれていて、全体が見えない
退職の手続きは、1人の退職に対して複数の部署が動きます。
人事が社会保険や書類を扱い、経理が最後の給与を計算し、情報システムがアカウントを止め、現場の上長が引き継ぎと返却物を確認する。
抜けるのは、いつも部署の境目
| 抜けやすいもの | なぜ抜けるか | 進行表で消えるか |
|---|---|---|
| 返却物の一部 | 誰が何を貸したか、記録がない | 消える |
| 外部サービスのアカウント | 社内の一覧に載っていない | 消える |
| 書類の交付 | 請求されてから対応している | 消える |
| 引き継ぎの中身 | やったことにされている | 設計次第 |
4つとも、担当が分かれていること自体が原因です。それぞれが自分の分を終えていても、誰も全体が終わったかを見ていない。
機械に渡せる部分と、人に残す部分
| 工程 | 中身 | 誰がやるか |
|---|---|---|
| 進行表の作成 | 退職日から逆算して項目を並べる | 機械。雛形から生成 |
| 貸与物の一覧の抽出 | その人に貸したものを出す | 機械。台帳があれば |
| 期限が近い項目の抽出 | 未完了のものを出す | 機械 |
| 引き継ぎの確認 | 中身が伝わっているか | 人 |
| 各部署の作業 | 届出、計算、停止、回収 | 人 |
1番目と3番目を機械に渡すのが、この記事の中心です。進行表を人が毎回作っていると、項目が抜けたまま始まります。
スキームの全体図:1人1枚の進行表を作る
5番目を省かないでください。最終出社日で進行表を閉じると、その後に発生する手続きが誰の担当かも分からなくなります。
必要なツールと費用(2026年9月23日時点)
| 必要なもの | 用途 | 費用の考え方 |
|---|---|---|
| 進行表の雛形 | 項目と期限の並び | 作成の時間のみ |
| 貸与物の台帳 | 誰に何を貸したか | 追加費用なし |
| アカウントの一覧 | 社内外のサービス | 追加費用なし |
| Apps Script | 進行表の生成と未完了の抽出 | 追加費用なし |
2つ目と3つ目が、この仕組みの前提になります。貸与物とアカウントの台帳がない状態では、退職のたびに記憶で思い出すことになります。台帳がないなら、退職の手続きより先にそこを作ってください。
導入手順:期限のあるものから並べる
Step 1:期限のあるものを、先に並べる
進行表の雛形を作るとき、思いつく順に項目を並べないでください。期限のあるものから並べます。
期限には2種類あります。法令や制度で決まっているものと、自社の都合で決めているものです。
前者を先に置いてください。次の節で条文を確認しますが、退職時の書類の交付と、金品の返還には定めがあります。これらを進行表の上のほうに置くと、忘れません。
後者は、最終出社日を基準に並べます。1週間前、3日前、当日、翌営業日。この単位で足ります。
Step 2:担当を、個人名で書く
進行表の担当の列に、部署名を書かないでください。
「人事」と書くと、人事の誰かがやると思われて、結局誰もやりません。個人名を書いてください。
そして、その人が不在のときに誰がやるかも、あわせて書きます。退職の手続きは期間が限られているので、担当者の休暇と重なると止まります。
雛形の段階では役割で書いておき、進行表を作るときに個人名を入れる。この形なら、雛形を毎回直す必要がありません。
Step 3:貸与物とアカウントを、台帳から出す
返却物の確認を、記憶に頼らないでください。
貸与物の台帳から、その人に貸しているものを抽出します。端末、鍵、カード、制服、書籍。貸したときに記録していれば、この抽出は一瞬で終わります。
そして、アカウントの一覧には、外部のサービスを必ず含めてください。社内のシステムは情報システムが把握していますが、部署が個別に契約した外部のサービスは一覧にないことがあります。
ここが、実務でいちばん抜けます。退職から数か月後に、その人のアカウントが生きていたことが分かる、ということが起きます。
アカウントの一覧がない場合の作り方
一覧がないなら、この機会に作ってください。作り方は2つあります。
1つは、経費の記録から引く方法です。過去1年の支払いを見て、サービスの名前が出てくるものを拾う。月額の支払いが続いているものは、ほぼ確実にアカウントがあります。
もう1つは、部署ごとに聞く方法です。「使っている外部のサービスを全部書いてください」と聞く。ただし、この方法では漏れが出ます。両方をやって突き合わせてください。
そして、一覧ができたらそれぞれのサービスについて「誰が管理者か」を書いてください。退職者が管理者だった場合、アカウントを止める前に管理者を移す必要があります。ここを飛ばすと、そのサービス全体にアクセスできなくなります。
Step 4:未完了を、毎日1回出す
進行表を作っただけでは、進みません。未完了の項目を、毎日1回出してください。
出すのは、残り日数が少ない順です。そして、担当者ごとにまとめます。全体を1つの並びで出すと、自分の分を探すところから始まります。
この通知を、最終出社日の直前だけにしないでください。直前に出すと、間に合わないものが出ます。退職が決まった時点から、毎日出してください。
Step 5:退職後の分も、進行表に残す
最終出社日で進行表を閉じないでください。
退職後にも、手続きは続きます。最後の給与の支払い、各種の届出、書類の送付。そして、請求があった場合の対応。
これらを進行表の下のほうに置き、完了するまで閉じない。そして、退職者からの連絡を誰が受けるかを決めておいてください。窓口が決まっていないと、元の上長に直接連絡が来ます。
最初の3人は、紙の進行表でよい
最初から自動生成の仕組みを作らないでください。
最初の3人は、雛形をコピーして手で作ります。この3人で、項目が足りているか、期限の置き方が実態と合っているか、担当の書き方が機能するかを確かめます。
3人分で、たいてい2つか3つの項目が追加になります。自動化するのは、雛形が固まってからです。
そして、追加になった項目は必ず雛形に反映してください。「今回だけ足した」で終わらせると、次の退職でまた同じ項目が抜けます。追加の記録を、雛形と一緒に置いておくのが確実です。
逆に、3人続けて不要だった項目は雛形から外してください。使われない項目が並んでいると、進行表全体が読まれなくなります。
現場の合意の取り方:上長の作業を減らす
| 懸念 | 背景 | 答え方 |
|---|---|---|
| 上長の作業が増える | 進行表の入力が仕事になる | 上長がやるのは引き継ぎと返却の確認だけにする |
| 退職者を管理しているようだ | チェックリストの印象 | 本人が困らないための手続きだと説明する |
| 引き継ぎの時間が取れない | 最終出社日までが短い | 引き継ぎの対象を、上位3件に絞る |
上長の項目を、2つに絞る
進行表の項目のうち、上長が担当するものを2つに絞ってください。引き継ぎの完了の確認と、返却物の確認です。
それ以外は、人事、経理、情報システムが担当します。上長に多くの項目を割り当てると、進行表そのものが負担として受け止められます。
そして、この2つもチェックを入れるだけにしてください。文章を書かせると、書かれないまま最終出社日を迎えます。
引き継ぎは、上位3件に絞る
3つ目の懸念は、実際に時間がないことから来ています。2週間で全部を引き継ぐのは無理です。
だから、引き継ぐ対象を絞ってください。その人が持っている案件や業務のうち、上位3件だけ。選び方は、止まったときの影響が大きい順です。
残りは、引き継がずに「この人が持っていた」という記録だけを残します。後から必要になったときに、誰に聞けばよいかが分かれば足ります。全部を引き継ごうとして、どれも中途半端になるほうが損失は大きい。
失敗パターンと限界:証明書と、金品の返還
退職時等の証明書は、請求されたら遅滞なく交付する
労働基準法第22条第1項は、労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならないと定めています。
同条第2項は、労働者が、解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合についても、遅滞なく交付しなければならないとしています。同項のただし書きには、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合は、退職の日以後、交付を要しないとあります。
ここで、実務上重要なのが同条第3項です。前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならないとされています。
つまり、請求された項目だけを書く必要があります。雛形にすべての項目を並べておいて、そのまま交付する形にすると、この定めから外れる可能性があります。
だから、進行表には「どの項目を請求されたか」を記録する欄を作ってください。そして、証明書の雛形は項目を選べる形にしておきます。
なお、同条第4項は、使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は証明書に秘密の記号を記入してはならないと定めています。
金品の返還には、7日以内という期限がある
同法第23条第1項は、使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては、7日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。
ここで押さえるべき点が2つあります。
1つは、この期限が請求があった場合のものであること。請求がなければ、通常の給与の支払日でよいとされています。ただし、請求があった時点から7日以内という期限が動き始めます。
もう1つは、対象が賃金だけではないこと。積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品が含まれます。社内の積立や、預かっている金銭があれば、これも対象になります。
そして、同条第2項は、賃金又は金品に関して争いがある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならないとしています。金額に争いがあっても、争いのない部分は期間内に処理する必要があります。
進行表に、この2つを最初に置く
上の2つは、どちらも「請求があったら」が起点です。だから、いつ請求があったかを記録する必要があります。
進行表に、次の2つの欄を作ってください。証明書の請求を受けた日と請求された項目。そして、金品の請求を受けた日。
この欄が空欄のまま最終出社日を過ぎても構いません。請求があったときに、そこから期限が動くことが分かっていればよいのです。
そして、退職後に請求を受ける窓口を決めておいてください。窓口が決まっていないと、請求が届いた時点で誰が対応するかの調整から始まります。
この記事で扱っていないこと
社会保険や雇用保険の資格喪失に関する手続き、住民税の扱い、源泉徴収票の交付については、この記事では扱っていません。これらには別の定めがあり、期限も異なります。
自社の手続きの一覧を作るにあたっては、社会保険労務士など専門家に確認したうえで、進行表の雛形に反映してください。そして、制度の改正があった場合に雛形を見直す担当者と時期を決めておいてください。
退職者のデータの扱いも、決めておく
退職後、その人に関するデータをどうするかも決めておく必要があります。
個人情報保護法第22条は、個人情報取扱事業者は、利用目的の達成に必要な範囲内において、個人データを正確かつ最新の内容に保つとともに、利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならないとしています。
一方で、労働基準法など他の法令による保存の義務がある書類もあります。消すものと残すものを分けて、それぞれ期間を決めてください。判断に迷う場合は、専門家に確認してください。
AIを使うなら、進行表の生成ではなく確認の補助に
進行表の生成は、雛形からの複製で足ります。AIは要りません。
効くとすれば、過去の進行表を見て「今回抜けている項目はないか」を指摘させる使い方です。ただし、これも項目の一覧を突き合わせるだけなので、スクリプトでできます。
むしろ、退職の手続きはAIを入れる場面が少ない領域です。雛形の項目を正しく揃えることと、期限を自動で出すこと。この2つで、抜けはほぼなくなります。
効果の測り方
| 数字 | 測り方 | いつ見るか |
|---|---|---|
| 最終出社日に未完了だった項目数 | 進行表の未チェックの数 | 1人ごと |
| 退職後に連絡した回数 | こちらから追加でお願いした回数 | 1人ごと |
| 残っていたアカウントの数 | 3か月後に棚卸しして確認 | 四半期 |
1つ目は、ゼロを目指す数字です。ただし、退職後に処理するものは除いてください。除いていないと、常にゼロにならず、数字として使えなくなります。
そして、未完了だった項目の中身を記録してください。同じ項目が繰り返し残る場合、その項目の期限が実態と合っていないか、担当の割り当てに無理があります。
2つ目が、進行表の項目が足りているかを示します。追加でお願いする内容を記録し、雛形に足してください。
3つ目は、いちばん見つけにくい抜けです。3か月に1回、退職者のアカウントが残っていないかを棚卸ししてください。1件でも見つかったら、その種類のサービスを一覧に足します。
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退職時の証明書と労働条件の通知書は、どちらも渡す項目が条文で決まっています。入社側は労働条件通知書を自動で作るで労基則5条から扱っています。
まとめ
退職の手続きが抜けるのは、担当が分かれていて、全体が終わったかを見ている人がいないからです。
やることは3つです。1人1枚の進行表を作り、期限のあるものから並べること。担当を部署名ではなく個人名で書くこと。そして、貸与物とアカウントを記憶ではなく台帳から抽出することです。
アカウントの一覧には、外部のサービスを必ず含めてください。ここが実務でいちばん抜けます。そして、退職者がそのサービスの管理者だった場合は、止める前に管理者を移す必要があります。
未完了は、退職が決まった時点から毎日1回出します。最終出社日の直前に出すと、間に合わないものが出ます。
条文の要点は2つです。労働基準法第22条は、退職時等の証明書について請求があった場合に遅滞なく交付することを定めており、同条第3項は労働者の請求しない事項を記入してはならないとしています。同法第23条第1項は、権利者の請求があった場合に7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還することを定めています。どちらも「請求があったら」が起点なので、請求を受けた日を進行表に記録してください。
よくある質問
退職証明書は、必ず発行する必要がありますか
労働基準法第22条第1項は、労働者が退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由について証明書を請求した場合に、使用者は遅滞なく交付しなければならないと定めています。請求があった場合の定めです。そして同条第3項は、証明書には労働者の請求しない事項を記入してはならないとしているため、請求された項目だけを書く必要があります。
最後の給与は、いつまでに支払う必要がありますか
労働基準法第23条第1項は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合には、7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないとしています。請求があった場合の期限です。また同条第2項は、賃金又は金品に関して争いがある場合、異議のない部分をその期間中に支払い又は返還しなければならないとしています。
返還の対象は、給与だけですか
同法第23条第1項は、賃金のほか「積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品」としています。社内の積立や、預かっている金銭があれば対象になりえます。進行表に、預かっているものの一覧を持たせてください。
アカウントの一覧が、そもそもありません
この機会に作ってください。作り方は2つあります。過去1年の経費の記録からサービスの名前を拾う方法と、部署ごとに聞く方法です。両方をやって突き合わせてください。そして、それぞれのサービスについて誰が管理者かを書いてください。退職者が管理者だった場合、止める前に管理者を移す必要があります。
引き継ぎの時間が取れません
引き継ぐ対象を上位3件に絞ってください。選び方は、止まったときの影響が大きい順です。残りは引き継がずに「この人が持っていた」という記録だけを残します。後から必要になったときに誰に聞けばよいかが分かれば足ります。全部を引き継ごうとして、どれも中途半端になるほうが損失は大きい。
進行表は、最終出社日で閉じてよいですか
閉じないでください。退職後にも、最後の給与の支払い、各種の届出、書類の送付、そして請求があった場合の対応が続きます。これらを進行表の下のほうに置き、完了するまで閉じない。そして、退職者からの連絡を誰が受けるかを決めておいてください。窓口が決まっていないと、元の上長に直接連絡が来ます。
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