
内定を承諾した。あとは今の会社に伝えるだけ。ここまで来て、最後の関門が残ります。いつ、誰に、何と言うか。伝え方を誤ると、退職までの数週間が消耗戦になります。
消耗を避ける鍵は、内容ではなく順序にあります。伝える相手と順番を間違えると、それだけで話がこじれます。逆に、順序さえ守れば、多くの場合は事務的に進みます。
この記事では、伝える時期と順序、最初の面談で言うべきこと、退職理由の説明、退職日と有給の扱い、引き継ぎの進め方までを解説します。引き止められた場合の判断は退職を伝えたら引き止められたで扱っています。
伝える順序を間違えると、話が長引く
最初に伝えるのは直属の上司
退職の意思は、直属の上司に最初に伝えます。これは礼儀の問題ではなく、実務上の必然です。人事や役員に先に伝わると、上司は「自分を飛ばされた」という立場に置かれ、以降の調整に協力しにくくなります。
引き継ぎや退職日の調整で最も関わるのは直属の上司です。その人を味方にできるかどうかで、最終出社日までの負荷が変わります。
同僚には、上司の了承後に
親しい同僚に先に相談したくなりますが、避けてください。噂として上司の耳に入ると、正式に伝える前に話が動き始めます。
同僚へ伝えるのは、退職日が確定し、上司から「いつ誰に伝えるか」の方針が出てからです。多くの職場では、引き継ぎの都合に合わせて周知の順序が決められます。
特に、同じ時期に転職を考えている同僚がいる場合は慎重にしてください。自分の退職が相手の判断に影響し、結果として部署から複数人が同時期に抜けることになると、引き継ぎの調整が一気に難しくなります。伝える時期を会社の方針に委ねるのは、自分の負荷を下げるためでもあります。
取引先への連絡は必ず会社の指示に従う
取引先への挨拶は、自分の判断で行わないでください。後任が決まっていない段階で伝えると、取引先が不安を感じ、会社との関係に影響します。
誰に、いつ、どう伝えるかは会社が決めることです。挨拶したい相手がいる場合も、上司に確認してから動いてください。
とくに注意が必要なのは、転職先が同じ業界にある場合です。取引先に個人的に伝えると、引き抜きや顧客の持ち出しを疑われることがあります。実際にそのつもりがなくても、疑いを持たれた時点で、在職中の関係にも退職後の関係にも影響します。
会社を通じた正式な挨拶であれば、この懸念は生じません。個人的に連絡を取りたい相手がいる場合も、退職手続きが完了した後にしてください。
いつ伝えるか
内定承諾の直後に伝える
伝えるタイミングは、内定を承諾した直後です。承諾前に伝えると、万一条件が折り合わなかった場合に戻れません。承諾後に引き延ばすと、引き継ぎの時間が足りなくなります。
厚生労働省の「令和2年転職者実態調査」によると、直前の勤め先を離職してから次に就職するまでの期間は「離職期間なし」が26.1%、「1か月未満」が27.6%です。過半数が1か月以内に次へ移っているため、伝えてから最終出社日までの期間は、実際には短いのが一般的です。
期間の目安は1〜2か月前
就業規則で「退職の申し出は◯か月前まで」と定めている会社が多くあります。まず自社の規則を確認してください。一般的には1か月前から2か月前が目安です。
規則より短い期間しか取れない場合も、まず相談してください。引き継ぎの内容によっては、調整できることがあります。入社日が動かせるかどうかも、転職先に確認しておくと選択肢が増えます。
繁忙期は避けたほうがよいが、絶対ではない
繁忙期を避けられるなら、そのほうが円滑です。ただし、繁忙期を避け続けると時期が決まりません。業種によっては、閑散期が存在しないこともあります。
避けられない場合は、引き継ぎ計画を先に作って持参してください。「この時期に抜けるが、この手順で引き継げる」という具体案があれば、時期そのものへの反発は小さくなります。
最初の面談で言うこと・言わないこと
1回目は「報告」であって「相談」ではない
最初の面談で最も重要なのは、決定事項として伝えることです。「相談があるのですが」と切り出すと、相手は説得の余地があると受け取ります。
「退職を決意いたしました。◯月末での退職をお願いしたく、お時間をいただきました」。この形で始めれば、話は退職日と引き継ぎの調整に進みます。決意の固さは、言葉の選び方で伝わります。
言うことは3つだけ
| 伝えること | 言い方 | 理由 |
|---|---|---|
| 決定していること | 退職を決意いたしました | 相談ではなく報告だと示す |
| 希望する退職日 | ◯月末での退職をお願いしたく | 調整の起点になる日付を先に出す |
| 引き継ぎの意思 | 引き継ぎは責任を持って進めます | 相手の最大の懸念に先回りする |
3つ目が効きます。上司にとって最大の関心事は「業務が回るかどうか」です。そこに先回りして触れると、話が感情ではなく実務に向かいます。
言わないほうがよいこと
逆に、最初の面談で言わないほうがよいことがあります。転職先の社名、具体的な年収、現職への不満の3つです。
転職先を明かすと、業界内での関係や、取引先との兼ね合いが話題になります。年収を明かすと、条件の交渉が始まります。不満を語ると、その不満を解消する提案が返ってきて、話が長引きます。いずれも、退職日と引き継ぎを決めるうえで不要な情報です。
退職理由の伝え方
理由は「前向きで、社内では実現できないこと」
退職理由を聞かれた場合、答え方の基準は1つです。前向きで、かつ社内では実現できない内容にする。この2つを満たすと、引き止めの提案が出しにくくなります。
たとえば「別の業界で経験を積みたい」「専門を変えたい」といった理由は、社内の異動では実現できません。一方「もっと裁量がほしい」だけだと、異動の提案で対応可能になり、話が続きます。
嘘はつかない
前向きな理由にするのは、事実を偽ることではありません。辞めたい理由が複数あるうち、社外でしか実現できないものを選んで話すということです。
嘘をつくと、後で辻褄が合わなくなります。特に業界内での転職では、転職先の情報が伝わることもあります。話さない自由はありますが、事実と違うことを話す必要はありません。理由の整理は納得のいく転職理由の作り方で扱っています。
不満は伝えても状況は変わらない
退職の面談で、これまでの不満を伝えたくなることがあります。ですが、辞めると決めた後に不満を伝えても、自分には何も戻ってきません。
組織のために伝えたい場合は、退職理由としてではなく、別の機会に、改善提案の形で伝えてください。退職面談の場で伝えると、感情的なやり取りになりやすく、最終出社日までの関係に影響します。
退職日の決め方と有給の扱い
最終出社日と退職日は別
混同しやすいのですが、最終出社日と退職日は異なります。最終出社日の後に有給休暇を消化し、その最終日が退職日になるのが一般的な形です。
逆算の順序はこうです。まず転職先の入社日を確定し、そこから退職日を決め、残っている有給日数を引いて最終出社日を出す。この3つを1枚に書いてから面談に臨むと、その場で調整が進みます。
有給の残日数を先に確認する
面談の前に、有給休暇の残日数を確認しておいてください。給与明細や勤怠システムで分かります。残日数を知らないまま面談に入ると、日程の調整ができません。
消化できる日数は、引き継ぎの状況によって調整が必要になることもあります。ただし、有給休暇は労働者の権利として付与されているものなので、取得を希望すること自体は正当です。全部は難しい場合も、何日消化できるかを早い段階で相談してください。
引き止めが来たときの扱い
退職日を伝えた後、条件の提示を受けることがあります。エン・ジャパンが775社を対象に行った「カウンターオファー」実態調査(2017年2〜3月)では、65%の企業が退職希望者の引き止めをしたと回答しています。
提示された条件は、実質的にもう1つの内定です。受けるかどうかは、辞めたい理由の1位に対応しているかだけで判断してください。詳細は退職を伝えたら引き止められたで扱っています。
引き継ぎの進め方
引き継ぎ書は3つの単位で作る
引き継ぎで最も時間を使うのは、資料作りです。効率よく作るには、「日次」「月次」「随時」の3つの単位で分けてください。
| 単位 | 書く内容 | 例 |
|---|---|---|
| 日次 | 毎日やること。手順と所要時間 | 朝のメール確認と振り分け、システムへの入力(30分) |
| 月次 | 月の決まった時期にやること | 月初の集計、5営業日目の請求処理、月末の在庫確認 |
| 随時 | 発生したら対応すること。判断基準つき | クレーム対応(この条件なら上長へ、この条件なら自分で判断) |
3つ目の「随時」に判断基準を書くことが、引き継ぎの質を決めます。手順は資料があれば追えますが、判断基準は本人の頭の中にしかありません。ここを書き残すかどうかで、後任の立ち上がりが変わります。
関係者の一覧を添える
業務の手順と同じくらい重要なのが、関係者の一覧です。取引先の担当者、社内の相談先、過去に世話になった部署。名前・所属・その人に何を聞けるかの3列で表にしてください。
これは資料として残りにくい情報でありながら、後任が最も困る部分です。1時間で作れて、最も感謝される引き継ぎ資料になります。
書くときは、役職名だけでなく「その人に何を聞けるか」を必ず添えてください。「経理部 佐藤さん」だけでは、後任は何を相談していいか分かりません。「経理部 佐藤さん:請求書の締め日の例外対応について判断できる」と書けば、そのまま使えます。
連絡先も、社内の内線だけでなく、普段どの手段でやり取りしているか(メール、チャット、電話)を添えると親切です。相手によって反応の早い手段が違うためです。
後任が決まらない場合
最終出社日までに後任が決まらないことがあります。この場合でも、引き継ぎ資料は完成させてください。誰が引き継ぐか分からない前提で書くほうが、かえって親切な資料になります。
前提知識を省略せず、社内用語には注釈を付ける。この形なら、誰が読んでも追えます。資料を上司に渡し、受け取った旨を記録に残しておけば、引き継ぎの責任は果たしたことになります。
最終出社日までにやる事務手続き
受け取るもの・返すもの
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 受け取るもの | 離職票(失業給付を受ける場合)、雇用保険被保険者証、年金手帳(会社預かりの場合)、源泉徴収票、退職証明書(必要なら) |
| 返すもの | 健康保険証、社員証、名刺、貸与された機器・鍵、業務で作成した資料やデータ |
源泉徴収票は、転職先での年末調整に必要です。最終給与の確定後に発行されるため、退職日より後に届くのが一般的です。送付先の住所を伝えておいてください。
離職期間がある場合の手続き
退職日と入社日の間が空く場合、健康保険と年金の手続きが必要になります。健康保険は、国民健康保険への切り替えか、任意継続かを選びます。年金は国民年金への切り替えです。
空白が1日もない場合(月末退職・翌月1日入社など)は、これらの手続きは不要です。入社日と退職日の関係を、先に確認しておいてください。1日でも空くと手続きが発生します。
私物とデータの整理
最終出社日の直前に慌てないよう、私物の持ち帰りは分散して進めてください。会社のPCに保存した個人のファイルも、この時期に整理します。
逆に、業務で作成した資料やデータを持ち出さないことは徹底してください。取引先の情報や社内の資料を個人の端末に移すと、規程違反や法的な問題になります。次の職場で使いたい情報があっても、持ち出さないのが原則です。
まとめ
- 伝える順序は、直属の上司が最初。人事や同僚に先に伝わると、以降の調整に協力を得にくくなる
- 同僚へは上司の了承後、取引先への連絡は必ず会社の指示に従う
- 伝える時期は内定承諾の直後。就業規則の定め(一般に1〜2か月前)を先に確認する
- 最初の面談は「相談」ではなく「報告」。決定していること、希望する退職日、引き継ぎの意思の3つを伝える
- 言わないほうがよいのは、転職先の社名、具体的な年収、現職への不満。いずれも退職日と引き継ぎの調整には不要
- 退職理由は「前向きで、社内では実現できないこと」を選ぶ。嘘はつかず、話さない自由を使う
- 最終出社日と退職日は別。入社日→退職日→有給消化→最終出社日の順に逆算し、有給の残日数を面談前に確認する
- 65%の企業が引き止めを実施している(エン・ジャパン「カウンターオファー」実態調査・775社)。提示は3つ目の内定として扱う
- 引き継ぎ書は日次・月次・随時の3単位で作り、随時には判断基準を書く。関係者一覧(名前・所属・何を聞けるか)も添える
- 受け取るもの(離職票・源泉徴収票など)と返すもの(保険証・社員証など)を一覧で確認。離職期間が1日でも空くと保険と年金の手続きが必要
- 業務で作成した資料やデータは持ち出さない。次の職場で使いたい情報があっても、規程違反や法的な問題になるため原則として置いていく
よくある質問(FAQ)
退職はいつ伝えればいいですか。
内定を承諾した直後です。承諾前に伝えると条件が折り合わなかった場合に戻れず、承諾後に引き延ばすと引き継ぎの時間が足りません。まず就業規則で申し出の期限(一般に1〜2か月前)を確認してください。規則より短い期間しか取れない場合も、引き継ぎ計画を持参して相談すれば調整できることがあります。
最初に誰に伝えるべきですか。
直属の上司です。人事や役員に先に伝わると、上司は自分を飛ばされた立場になり、引き継ぎや退職日の調整に協力を得にくくなります。同僚へ伝えるのは、退職日が確定し、上司から周知の方針が出てからにしてください。取引先への連絡は必ず会社の指示に従います。
退職理由は正直に言うべきですか。
嘘をつく必要はありませんが、すべてを話す必要もありません。辞めたい理由が複数あるうち、社外でしか実現できないものを選んで伝えてください。「別の業界で経験を積みたい」のような理由は社内の異動では実現できないため、引き止めの提案が出にくくなります。不満を伝えても自分には何も戻ってきません。
有給休暇は全部消化できますか。
有給休暇は労働者の権利として付与されているため、取得を希望すること自体は正当です。ただし引き継ぎの状況によって日程の調整が必要になることはあります。面談の前に残日数を確認し、入社日→退職日→有給消化→最終出社日の順に逆算した案を持って臨んでください。全部が難しい場合も、何日消化できるかを早めに相談します。
引き継ぎ書には何を書けばいいですか。
日次・月次・随時の3単位で分けてください。日次は毎日の手順と所要時間、月次は月の決まった時期の作業、随時は発生したら対応することです。最も重要なのは随時に判断基準を書くことで、手順は資料で追えますが判断基準は本人の頭の中にしかありません。あわせて関係者一覧(名前・所属・何を聞けるか)を作ると、後任が最も助かります。
退職日と入社日の間が空きます。何をすればいいですか。
1日でも空くと、健康保険と年金の手続きが必要です。健康保険は国民健康保険への切り替えか任意継続を選び、年金は国民年金へ切り替えます。月末退職・翌月1日入社のように空白がない場合は不要です。また源泉徴収票は転職先の年末調整に必要で、最終給与の確定後に発行されるため、送付先の住所を伝えておいてください。
転職は、人生の経営判断です
最後の数週間の進め方は、それまでの数年の印象を上書きします。伝える順序を守り、引き継ぎを形にして渡す。この2つができていれば、辞め方で困ることはほとんどありません。
出典:厚生労働省「令和2年転職者実態調査の概況」(表20)/エン・ジャパン「カウンターオファー」実態調査(2017年・775社)