
「警察です。あなたの口座が犯罪に使われています」。ビデオ通話の画面には、警察手帳を持った本物そっくりの「警察官」が映っている――。
そんな手口で、都内の20代男性が100万円を騙し取られた事件が2025年にNHKで報道されました。声や顔をAIで合成し、本人や公的機関になりすます詐欺が、いま急速に広がっています。
この記事では、実際にあった被害事例から、20代・30代への被害拡大を示すデータ、見分け方・対策、被害に遭ったときの相談先までをまとめました。
AIを悪用した「なりすまし詐欺」とは
生成AIの技術を悪用した詐欺は、主に2つの手口に分かれます。
- 音声クローン:本人の短い音声データからでも声の特徴を学習し、そっくりな声を生成する技術。「事故にあった」「緊急でお金が必要」といった電話を、家族や友人の声で本人になりすまして行う手口が確認されています
- ディープフェイク(顔の合成):ビデオ通話で、実在する人物の顔をリアルタイムで合成する技術。警察官や検察官、企業幹部になりすまし、身分証や令状を提示しながら金銭を要求する手口が確認されています
特に音声クローンについては、わずか4〜10秒ほどの音声データがあれば、それらしい声を生成できるという技術検証が複数のAI音声サービスで報告されています。SNSに投稿した動画や、友人と電話で話した声の一部だけでも、悪用の材料になり得るということです。
どちらの手口も、以前は「声や映像があれば本人だと信じてよい」という前提を逆手に取っています。AIの精度が上がったことで、電話越し・画面越しの「本人確認」そのものが以前ほど信頼できなくなっているという点を、まず押さえておく必要があります。
実際にあった被害:AIが合成した「警察官の顔」で20代が100万円を騙し取られた事例

NHKが2025年4月に報道した事例では、都内の20代男性がビデオ通話で「警察官」を名乗る人物から「犯罪に関与している可能性がある」と告げられ、警察手帳のようなものを提示されたことで信じ込み、100万円を振り込んでしまいました。
男性は後に「無実を証明しないと逮捕されると思った」と振り返っています。専門家の分析では、通話の録画映像に合成された顔のヒゲが不自然にちらつく瞬間があり、リアルタイムで顔を置き換える技術が使われていた可能性が高いとされています。
この事例が示すのは、「映像や身分証を見せられたから信じた」という、これまでは通用していた確認方法そのものが、AIによって突破されつつあるということです。
20代・30代への被害拡大が続いている
警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」によると、特殊詐欺全体の被害額・認知件数は過去最悪の水準となっています。
年代別に見ると、令和7年上半期の特殊詐欺の認知件数は30代が973件で最多、次いで20代が884件となっており、従来「高齢者の被害が中心」というイメージが強かった特殊詐欺でも、若年層への被害拡大が明確に進んでいることが分かります。
セキュリティ企業のアンケート調査でも、金銭的な被害を経験した人の56.2%が20〜30代という結果が出ており、若年層自身が「自分は詐欺に遭わない」と考えがちな年代であることが、かえってリスクになっている可能性があります。
SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の年代別データ
もう一つ押さえておきたいのが、SNSを入り口にした投資詐欺・ロマンス詐欺です。警察庁の統計によると、令和7年のSNS型投資・ロマンス詐欺の被害額は約1,827億円にのぼり、前年を大幅に上回りました。
| 詐欺の種類 | 被害が多い年代の傾向 |
|---|---|
| SNS型投資詐欺 | 被害者数そのものは50代が最多だが、増加率は30代が最も高く、次いで40代。若年層への広がりが進んでいる |
| SNS型ロマンス詐欺 | 40〜60代が中心。20〜30代の割合は合計でも15%程度にとどまる |
| 特殊詐欺全体 | 令和7年上半期は30代973件・20代884件で、若年層への拡大が顕著 |
この傾向から分かるのは、「投資詐欺」「特殊詐欺」は20代・30代にも確実に広がってきているが、「ロマンス詐欺」は今のところ中高年層が中心という違いです。ただし、いずれの詐欺類型でもAIによる音声・映像の合成技術が使われるケースは今後さらに増えると考えられており、年代を問わず対策の知識を持っておく必要性は高まっています。
著名人になりすました投資詐欺広告も急増している
なりすまし詐欺は、電話やビデオ通話だけで起きるものではありません。SNS上の広告そのものが、AIで合成された著名人の映像を使っているケースも急増しています。
2026年1月には、木原稔官房長官の記者会見映像を悪用した偽動画がYouTubeに投稿され、「政府、金融機関、日銀の監督の下で誕生した安全性の高いプロジェクト」などとかたってAI投資に誘導する詐欺動画が確認され、警察庁が公式Xで注意喚起する事態になりました。木原官房長官本人も記者会見で「国民に混乱や誤解を与えかねず看過できない」とコメントし、「少しでも怪しいと感じたら、迷わず警察をはじめとする関係機関などに相談いただきたい」と呼びかけています。
こうした著名人・公人になりすました投資詐欺広告は、政治家に限らず、経営者やタレントの映像を無断で加工したものも多数確認されています。自民党のディープフェイク対策合同プロジェクトチームの提言によると、2025年のSNS型投資詐欺の認知件数は9,538件(前年比48.7%増)、被害額は約1,274.7億円(前年比46.3%増)と、いずれも過去最悪を記録しました。
「有名な経営者や芸能人が勧めているから安心」という思い込みは、AIによる映像合成技術が普及した今では通用しません。SNSの広告や動画で著名人が投資を勧誘している場合、まずその人物の公式サイトやSNSアカウントで同様の発信が本当にあるかを確認する習慣をつけましょう。
AIなりすまし詐欺の見分け方・対策

セキュリティ専門家が推奨する対策として、次のようなものがあります。
- ①いったん電話・通話を切る:警察や金融機関、公的機関が、電話やビデオ通話だけでその場での送金を求めることはありません。「今すぐ」「誰にも言わずに」と急かされたら、まず疑いましょう
- ②家族・友人と合言葉を決めておく:本人にしか分からない合言葉を事前に決めておき、緊急の連絡があった際に確認する方法が有効です
- ③別の連絡手段で本人に確認する:かかってきた電話に出たまま確認するのではなく、いったん切ってから、いつも使っている連絡先に自分からかけ直す、または直接会って確認しましょう
- ④一人で判断せず、相談窓口を使う:少しでも怪しいと感じたら、その場で判断せず、警察相談専用電話「#9110」や消費者ホットライン「188」に相談してください
怪しいと思ったら、被害に遭ったら
- 不審な連絡を受けた段階:警察相談専用電話「#9110」に連絡すると、緊急ではない相談にも対応してもらえます
- すでに送金してしまった場合:最寄りの警察署に被害届を提出しましょう。金融機関への連絡(振込先口座の凍結依頼)も、判明した時点で早めに行うことが重要です
- お金の話は絡んでいないが不安な場合:消費者ホットライン「188」(いやや!)に相談すると、最寄りの消費生活センターにつないでもらえます
「騙されたのは自分の判断ミスだから」と一人で抱え込まず、早めに相談することが被害の拡大を防ぐ一番の近道です。
まとめ:AIは「本物」を作れる時代だと知っておく
AIを悪用したなりすまし詐欺は、これまで「本人確認の手段」として信頼されてきた声や映像そのものを偽装できるようになった点が、従来の詐欺と大きく異なります。
20代・30代への被害拡大が統計にも表れており、「自分は大丈夫」と思っている世代こそ注意が必要です。
電話やビデオ通話でその場での送金を求められたら、まずいったん切って、別の手段で確認する。この基本を押さえておくだけでも、被害を防げる可能性は大きく変わります。
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