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録音の論点は2つある。順番を間違えない
営業電話を録音して、あとから聞き返す。トークの改善にも、引き継ぎにも効きます。最近は録音をAIの文字起こしツールに通して、要約や商談メモまで自動で作る運用が増えました。
ここで検索されるのが「営業電話の録音は相手の同意が要るのか」という問いです。多くの解説が、この問いにだけ答えて終わっています。
実務で問題になるのは、そのあとです。録音してよいかどうかと、録音したデータをどう扱ってよいかは、まったく別の話だからです。
そして後者のほうが、義務が多く、見落とされています。
録音からAI文字起こしまでの4段階。下に行くほど義務が増える。
順に見ていきましょう。条文で確認できるところは、推測を挟まず条文で示します。
相手の同意なしに録音してよいのか
結論から書きます。自分が当事者として参加している通話を録音すること自体を、禁じる法律はありません。
「盗聴」という言葉から違法性を連想しがちですが、法律が禁じているのは、当事者でない第三者が通信を傍受することです。自分が話している通話を記録する行為は、これに当たりません。
ただし、告知したほうが実務は安定する
法的に不要でも、告知を勧めます。理由は法律ではなく実務にあります。
| 告知する理由 | 起きること |
|---|---|
| 後から発覚したときの印象が悪い | 「黙って録っていた」という事実だけが残る。商談が進んでいるほど損害が大きい |
| 相手が録音を望まない場合がある | 先に言えば断られるだけで済む。後から知られると信頼の問題になる |
| 社内での利用範囲を説明しやすくなる | 「品質向上のため録音しています」と言っておくと、利用目的の説明と一貫する |
告知は冒頭の一言で足ります。長く説明すると、かえって身構えられます。
お電話ありがとうございます。 品質向上のため、通話を録音させていただいております。
冒頭の告知。これ以上の説明は、聞かれたときにします。
断られたらどうするか
「録音は困る」と言われたら、その場で停止してください。そして停止したことを記録に残します。後から「録音があるはずだ」と社内で探される事態を避けるためです。録音がない通話は、あとで内容を確認できません。その前提で引き継ぎのメモを厚めに残します。なお、断られた事実そのものも相手の意思表示なので、次回の架電時に同じことを聞かないよう、リスト側にも反映しておいてください。
「通信の秘密」は、この場面では働かない
録音の話で必ず出てくるのが「通信の秘密」です。ここは条文を見ると、誰に向けた義務なのかがはっきりします。
(秘密の保護) 第四条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、 侵してはならない。 2 電気通信事業に従事する者は、 在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して 知り得た他人の秘密を守らなければならない。
電気通信事業法 第4条。読みやすさのため改行を入れています。
対象は「電気通信事業者の取扱中に係る通信」であり、第2項の名宛人は「電気通信事業に従事する者」です。通信を運んでいる側、つまり通信事業者に対する規定です。
通話の当事者である営業担当者が、自分の通話を録音する行為は、この条文の対象ではありません。
ここを混同したまま「通信の秘密があるから録音は違法」と説明している記事がありますが、条文の名宛人が違います。
録音した時点で発生する義務
ここからが本題です。録音した音声には、相手の氏名、所属、話し方が入っています。個人を識別できる情報なので、個人情報に当たります。
つまり録音ボタンを押した時点から、個人情報保護法の義務が発生している状態になります。関係する条文は4つです。
第17条 利用目的を特定する
条文には「できる限り特定しなければならない」とあるだけで、粒度の基準までは書かれていません。だからこそ、録音の利用目的は自分で具体的に決めておく必要があります。
| 書き方 | 評価 |
|---|---|
| 事業活動のため | 特定になっていない。第17条を満たさない |
| 品質向上のため | やや広いが、社内の応対品質に限るなら成立する |
| 応対品質の確認、社内研修、および商談内容の記録のため | 用途が読み取れる。この粒度にする |
第21条第1項 利用目的を通知または公表する
取得したら、あらかじめ利用目的を公表している場合を除き、速やかに通知または公表しなければなりません。
通話のたびに口頭で利用目的を全部読み上げるのは現実的ではありません。そこで自社サイトのプライバシーポリシーに先に書いておきます。これで「あらかじめ公表している」状態になるため、通話中に読み上げる必要がなくなります。冒頭の告知は、そこへの導線として機能するわけです。
第18条 目的の範囲を超えて使わない
「品質向上のため」と公表しておいて、録音を営業資料の事例として社外に出す。こうした使い方はできません。後から用途を思いついたときは、公表内容を先に直すこと。順番が逆になると、すでに取得したぶんが目的外利用になります。
第22条 必要がなくなったら消す
条文は「利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない」という書き方です。努力義務なので、守らなくても直ちに違反にはなりません。ただし保存期間を決めていない運用は、この条文の趣旨から外れています。
保存期間は後述します。決めていないことが問題なので、まず決めてください。
AI文字起こしに通すと、何が起きるか
ここが、いま実務で最も見落とされている部分です。
録音した音声を、外部のAI文字起こしサービスにアップロードする。これは個人データを社外に渡す行為です。便利さのわりに、判断が必要な場面になります。第三者提供に当たるのかどうか、ここを整理しておかないと先に進めません。
原則は、本人の同意が必要
第27条第1項は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならない、という定め方をしています。ここだけ読むと、AIツールを使うたびに相手の同意が要るように見えるはずです。
ただし「委託」なら第三者に当たらない
同じ第27条の第5項に、例外が書かれています。
5 次に掲げる場合において、 当該個人データの提供を受ける者は、 前各項の規定の適用については、 第三者に該当しないものとする。 一 個人情報取扱事業者が利用目的の達成に 必要な範囲内において個人データの取扱いの 全部又は一部を委託することに伴って 当該個人データが提供される場合
個人情報保護法 第27条第5項第1号。読みやすさのため改行を入れています。
文字起こしを外部サービスにやってもらうのは、個人データの取扱いの委託に当たります。委託先は第三者に該当しないので、本人の同意は不要です。
ただし、2つの条件が付きます。
- 「利用目的の達成に必要な範囲内」であること。公表している利用目的の外で使うなら、この例外は使えません
- 委託先を監督する義務が発生すること。次に見ます
第25条 委託先の監督
個人情報取扱事業者は、 個人データの取扱いの全部又は一部を 委託する場合は、 その取扱いを委託された個人データの 安全管理が図られるよう、 委託を受けた者に対する 必要かつ適切な監督を行わなければならない。
個人情報保護法 第25条。読みやすさのため改行を入れています。
同意が不要になる代わりに、監督義務が乗る構造です。実務では、次の4点を確認して記録に残しておくことになります。
| 確認する項目 | どこで分かるか |
|---|---|
| アップロードしたデータをAIの学習に使わない設定があるか | 利用規約、またはプライバシーポリシー。法人プランのみ対応の場合がある |
| データの保存期間と削除の方法 | 利用規約。自動削除の期間が明記されているか |
| サーバーの所在地 | プライバシーポリシー。記載がないサービスもある |
| 再委託の有無 | 利用規約。別のクラウド基盤を使っている場合、そこまで含めて判断する |
無料プランと有料プランで扱いが違うことがある
同じサービスでも、無料プランでは入力データを学習に使い、法人向けプランでは使わない、という設計をしているものがあります。個人アカウントの無料プランで試したまま本番運用に入るのが、最も起きやすい事故です。試用の段階から、本番で使うプランの規約を読んでください。
サーバーが海外にある場合
ここで条件が1つ増えます。第28条です。
個人情報取扱事業者は、外国にある第三者に 個人データを提供する場合には、 前条第一項各号に掲げる場合を除くほか、 あらかじめ外国にある第三者への提供を 認める旨の本人の同意を 得なければならない。
個人情報保護法 第28条第1項の要旨。括弧書きを省いて引いています。
第28条には、第27条第5項のような委託の例外がありません。つまり「委託だから同意不要」という整理が、外国にある第三者には使えません。
同意が不要になる場合もある
条文には、括弧書きで例外が2つ入っています。
- 日本と同等の水準にあると認められる制度を持つ国として、個人情報保護委員会規則で定められている国
- 基準に適合する体制を整備している事業者。委員会規則が定める基準を満たしていれば、外国にある第三者から除かれます
実務の中心になるのは2つ目です。主要なクラウドサービスの多くは、この体制整備を前提に日本国内向けのサービスを提供しています。ただし「たぶん大丈夫だろう」で済ませず、そう書かれていることを自分で確認してください。
確認する順番
- サーバーの所在地が日本国内かどうかを調べる。国内なら第28条の問題は起きない
- 海外なら、同等水準の国として指定されているかを調べる
- どちらでもないなら、事業者が体制整備をしているかを調べる。プライバシーポリシーや法人向け資料に記載がある
- いずれも確認できないなら、そのサービスに通話録音を入れない
4番目が重要です。確認できないときは、使わないという判断ができます。文字起こしができないと業務が止まるわけではありません。
導入前に確認する5項目
ここまでを、導入前のチェックに落とします。ツールを選ぶ前にやってください。
1. 自社のプライバシーポリシーに、録音の利用目的が書かれているか
書かれていなければ、先に書いてください。文字起こしまで想定するなら、外部に委託する場合があることも含めておきます。例を挙げます。
当社は、お電話でのやりとりを録音し、 応対品質の確認、社内研修、 および商談内容の記録のために利用します。 録音データは、文字起こしおよび 要約の処理を外部の事業者に委託する場合があります。
プライバシーポリシーの記載例。自社の運用に合わせて調整します。
2. 委託先の規約で、学習利用の有無を確認したか
入力データを学習に使う設定になっているなら、オフにします。オフにできないサービスは、通話録音には使いません。
3. サーバーの所在地を確認したか
前章の順番で確認します。確認できないサービスは候補から外します。
4. 保存期間を決めたか
録音本体と、文字起こしテキストの両方について決めます。第22条の趣旨に沿って、必要がなくなったら消せる状態にします。
| データ | 期間の決め方 |
|---|---|
| 録音の音声 | 短めにする。聞き返す必要があるのは、たいてい直後の数週間まで |
| 文字起こしテキスト | 商談の記録として残すなら、他の商談記録と同じ期間に揃える |
| 要約・商談メモ | 営業記録として長期保存になることが多い。氏名を残すかどうかを先に決める |
5. 断られたときの手順を決めたか
録音を断られた場合に、誰がどう記録を残すかを決めておきます。決めていないと、その通話だけ記録が抜けます。
運用に落とす
チェックが通ったら、日々の運用に落とします。ここで大事なのは、判断を現場の各担当に委ねないことです。
録音するかどうかを個人判断にしない
「重要そうな商談だけ録音する」という運用にすると、基準が人によって変わります。告知の有無もばらつきます。
新規開拓の架電は全件録音するか、しないか。どちらかに寄せてください。全件にするなら、告知も全件で行います。
アップロード先を1つに固定する
担当者が各自で便利なツールを使い始めると、監督義務が果たせません。どのデータがどこにあるか分からなくなるからです。
使ってよいサービスを1つ決めて、それ以外への持ち出しを禁止します。これはルールというより、確認した範囲の外にデータを出さないということです。
記録に残す項目
| 項目 | 理由 |
|---|---|
| 録音の有無 | 断られた通話を識別できるようにする |
| 告知したかどうか | 運用が守られているかを後から確認できる |
| 文字起こしに通したかどうか | 外部へ出したデータの範囲を把握する |
| 削除予定日 | 第22条に沿って消せる状態にする |
項目を増やすと記録が続かなくなります。この4つから始めて、足りなければ足してください。
録音を持ち出せない状態にしておく
ルールを決めても、端末にファイルが残っていれば、いつかどこかに持ち出されます。仕組みで塞ぐほうが確実です。
現実的な手は3つあります。1つ目は、録音の保存先を共有ストレージの1か所に限定し、各自の端末にダウンロードさせないこと。2つ目は、文字起こしに通す作業を担当者本人ではなく、決まった1人か管理者の操作に寄せること。3つ目は、保存期間が来たら自動で消える設定にしておくことです。
3つ目は特に効きます。手で消す運用は、忙しい時期に必ず止まるからです。自動削除が設定できないサービスなら、月に1度、削除する日を決めて担当者を指名しておきます。「気づいた人が消す」は運用になりません。
退職・担当変更のときに確認する
見落としやすいのが、担当者が変わるタイミングです。個人アカウントで文字起こしサービスを使っていた場合、その人が抜けるとデータの所在が分からなくなります。
法人アカウントで契約し、管理者がデータの一覧を見られる状態にしておいてください。誰がどこに何を置いたか分からないという状態そのものが、第25条の監督ができていない状態です。
担当者名を文字起こしに残すかどうか
文字起こしテキストには、相手の氏名がそのまま入ります。商談記録として長期保存するなら、氏名を含んだ個人データを長期保有することになります。
記録の目的が「話した内容を残すこと」なら、氏名を役職に置き換えるという選択があります。誰が話したかではなく何を話したかが残れば足りる場合、保有する個人データを減らせます。
この考え方は、リストに担当者名を持つかどうかの判断と同じです。フォーム営業は違法なのかでも触れていますが、集めない・残さないという選択が、最も手間の少ない対応になります。
まとめ
- 論点は2つある。録音してよいかと、録音したデータをどう扱ってよいかは別の話。多くの解説は前者で終わっている
- 自分が当事者の通話を録音すること自体を禁じる法律はない。電気通信事業法第4条の「通信の秘密」は、通信事業者に向けた規定で、通話の当事者には向いていない
- ただし告知は勧める。理由は法律ではなく実務。冒頭の一言で足りる
- 録音した時点で個人情報保護法の義務が発生する。第17条の利用目的の特定、第21条の公表、第18条の目的外利用の禁止、第22条の消去
- AI文字起こしへのアップロードは委託(第27条第5項第1号)なので本人の同意は不要。代わりに第25条の監督義務が乗る
- 第28条には委託の例外がない。サーバーが海外なら、同等水準国の指定か事業者の体制整備を確認する。確認できないなら使わない
- 無料プランと法人プランで学習利用の扱いが違うことがある。試用の段階から本番で使うプランの規約を読む
- 録音するかどうかを個人判断にしない。アップロード先を1つに固定する
通話録音とAIの組み合わせは、確認さえ済ませれば強力です。止まるべきなのは「確認していない状態で始めること」であって、使うこと自体ではありません。
よくある質問
相手に無断で録音したら違法になりますか
自分が当事者として参加している通話を録音すること自体を禁じる法律はありません。法律が想定しているのは、当事者でない第三者が通信を傍受する場合です。ただし後から発覚したときの印象は悪く、商談が進んでいるほど損害が大きくなります。冒頭の一言で告知することを勧めます。
電気通信事業法の通信の秘密に触れませんか
同法第4条の対象は「電気通信事業者の取扱中に係る通信」で、第2項の名宛人は「電気通信事業に従事する者」です。通信を運んでいる側に向けた規定なので、通話の当事者である営業担当者には向いていません。この点を混同した解説が見られますが、条文の名宛人が違います。
AI文字起こしツールに録音を上げるとき、相手の同意は必要ですか
文字起こしを外部に任せるのは個人データの取扱いの委託にあたるため、第27条第5項第1号により委託先は第三者に該当せず、本人の同意は不要です。ただし2つ条件があります。公表している利用目的の範囲内であること、そして第25条の委託先監督義務を果たすことです。学習利用の有無、保存期間、サーバー所在地、再委託の有無を確認して記録に残してください。
海外のサービスを使う場合はどうなりますか
第28条には第27条第5項のような委託の例外がありません。原則として本人の同意が必要になります。例外は、日本と同等の水準にあると認められる国として規則で定められている場合と、事業者が規則の基準に適合する体制を整備している場合です。どちらも確認できないなら、そのサービスには通話録音を入れないでください。
録音を断られたらどうすればいいですか
その場で停止し、停止したことを記録に残してください。記録がないと、後から「録音があるはずだ」と社内で探されます。録音がない通話は内容を確認できないので、引き継ぎのメモを厚めに残す運用にしておきます。
録音データはどのくらい保存すればいいですか
法律に具体的な期間の定めはありません。第22条は、利用する必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努めなければならないとしています。音声は短め、文字起こしテキストは他の商談記録と同じ期間、というように分けて決めてください。決めていないこと自体が問題なので、まず決めることが先です。
文字起こしに相手の氏名が入るのは問題ありませんか
問題ではありませんが、氏名を含む個人データを長期保有することになります。記録の目的が「話した内容を残すこと」なら、氏名を役職に置き換えるという選択があります。誰が話したかではなく何を話したかが残れば足りる場合、保有する個人データを減らせます。