
年収を上げたい。そのために転職を考えている。転職サイトを見ると「年収アップに成功した事例」が並んでいて、動けば上がりそうな気がしてきます。
ですが、公的統計が示す実態は違います。転職して賃金が増えた人は39.0%、減った人は40.1%で、ほぼ拮抗しています。転職は年収を上げる手段として確実ではありません。
この記事では、転職による賃金変化の実態を内訳まで確認したうえで、増える人と減る人の分かれ目、現職で上げる経路、そしてどちらを選ぶかの判断基準を解説します。残る選択そのものについては転職しなかった後悔と、転職した後悔はどちらが重いかで扱っています。
転職で賃金が増えた人39.0%、減った人40.1%
変化の内訳
厚生労働省の「令和2年転職者実態調査」は、転職によって賃金がどう変化したかを集計しています。増減の幅まで含めた内訳は次のとおりです。
増加した人が39.0%、変わらない人が20.2%、減少した人が40.1%。増加から減少を引いたD.I.はマイナス1.1ポイントです。全体で見ると、転職は年収を押し上げる方向には働いていません。
3割以上減った人が10.9%いる
内訳で注目すべきは、減少の幅です。1割未満の減少が11.1%、1割以上3割未満が18.1%、そして3割以上減った人が10.9%います。10人に1人は、年収が3割以上下がっています。
一方で、3割以上増えた人も7.2%います。転職は年収を大きく動かしうるが、方向は上下どちらにも振れるというのが実態です。「転職すれば上がる」でも「転職すれば下がる」でもなく、条件次第で両方向に大きく動く、と理解するのが正確です。
ただし20〜49歳はプラスに転じる
年齢階級で符号が変わる
全体のD.I.はマイナス1.1ポイントですが、同じ調査には重要な注記があります。20歳以上49歳以下の年齢階級ではD.I.はプラスで、15歳以上19歳以下と50歳以上でマイナスになっています。
つまり、全体の数字を押し下げているのは若年層の一部と50歳以上の層です。20代から40代にかけては、増えた人のほうが多いということになります。20代が転職を検討する場合、全体の数字より、この年齢階級の傾向のほうが参考になります。
それでも「必ず上がる」ではない
D.I.がプラスということは、増えた人が減った人より多いという意味であって、全員が増えるという意味ではありません。20代でも減る人は一定数います。
ここを混同すると、提示された条件が下がっていても「転職なら上がるはずだから、この提示はおかしい」と考えてしまいます。提示は個別の交渉結果であって、統計の平均が適用されるわけではありません。
増える人と減る人の分かれ目
処遇は「経験・能力・知識」で決まる
分かれ目を理解するには、企業が何を見て処遇を決めているかを知る必要があります。同じ調査によると、処遇決定で最も重視される要素は「これまでの経験・能力・知識」で53.7%。年齢11.9%、免許・資格10.7%、学歴6.8%と続き、前職の賃金は0.4%です。
つまり、年収が上がるかどうかは「移った先で、これまでの経験がどれだけそのまま価値を持つか」でほぼ決まります。同職種・同業界への移動なら経験が丸ごと評価されるため上がりやすく、業種と職種を同時に変えると評価対象が減るため下がりやすくなります。
3つのパターンで整理する
| 移り方 | 賃金の傾向 | 理由 |
|---|---|---|
| 同職種・同業界 | 上がりやすい | 経験がそのまま評価対象になる。即戦力として採られる |
| 同職種・別業界 | 横ばい〜やや上下 | 職種の経験は残るが、業界知識は評価対象から外れる |
| 別職種・別業界 | 下がりやすい | 評価される材料が一度にほぼなくなる |
年収を上げることが最優先なら、選ぶべきは1行目です。やりたいことを優先するなら3行目もありえますが、その場合は年収が下がる前提で生活を設計してください。異業種の詳細は未経験の異業種転職で後悔する人の共通点で扱っています。
前職の年収は交渉材料にならない
もう1つ重要なのが、前職の賃金を最も重視する企業が0.4%しかないという事実です。「前職が◯◯万円だったので同等以上を」という交渉は、ほぼ通りません。
交渉で効くのは、役割と金額を結びつけた説明です。「前職では△△の範囲まで一人で担当していたので、同等の役割であれば◯◯万円を希望します」。この形なら、53.7%が見ている土俵で話すことになります。
現職で上げる3つの経路
1:等級・役職を上げる
最も確実なのは、社内の等級制度に沿って上がることです。多くの会社は等級ごとに賃金レンジが決まっているため、等級が上がらない限り大きな変化は起きません。
まずやるべきは、等級の定義と、次の等級に必要な要件を文書で確認することです。「次の等級に上がるために、具体的に何が必要でしょうか」と聞いてください。多くの会社には等級定義があり、依頼すれば開示されます。開示されない場合は、その会社では昇給が構造的に読めないという情報になります。
2:担当の範囲を広げる
等級が上がらなくても、担当する範囲が広がれば、次の評価で反映される可能性が出ます。ポイントは、今の業務に隣接していて、誰も手をつけていない領域を1つ取ることです。
大きな異動を狙う必要はありません。週に2時間でも別の領域に関わると、1年後の職務経歴書に1行増えます。この1行は、現職で評価される材料であると同時に、転職する場合の材料にもなります。どちらに転んでも無駄になりません。
3:社内公募・異動で職種を変える
社内公募制度がある場合、それは「同業界・別職種」への移動を、転職せずに実現する手段です。業界知識が評価対象として残るため、賃金が下がりにくい構造になります。
制度がない場合も、異動希望として上司に伝えることはできます。異動の提示は、退職を申し出た人への引き止めでも最も多い条件(37%)ですから、会社側にとっても現実的な選択肢だということです。引き止めの詳細は退職を伝えたら引き止められたで扱っています。
現職で上げられるかの見極め方
3つの質問で判定する
現職で上げられるかどうかは、次の3つを確認すれば判定できます。すべて上司または人事に聞くだけで分かります。
- 等級の定義は文書で開示されているか(されていない場合、昇給の予測ができない)
- 次の等級に上がるまでの標準年数は何年か(答えがない場合、運用が属人的)
- 同じ等級の人の賃金レンジに幅はあるか(幅がないなら、等級が上がるまで動かない)
3つとも明確な答えが返ってくるなら、現職で上げられる見込みがあります。1つでも答えが曖昧なら、待っても上がる保証はありません。
「頑張れば上がる」は判定に使えない
上司から「頑張れば上がる」と言われることがありますが、これは判定に使えません。何をどこまでやれば、いつ、いくら上がるのかが含まれていないからです。
確認すべきは、直近で昇格した人が、どういう成果を出して、何年で上がったかです。実例が語られるなら再現可能性がありますが、「人による」という答えなら、基準が存在しないということになります。
3つの質問の聞き方
この3つは、評価面談や1on1の場で聞くのが自然です。切り出し方に迷う場合は、次の形を使ってください。転職を疑われる言い方にはなりません。
| 確認したいこと | そのまま使える聞き方 | 返答から読むこと |
|---|---|---|
| 等級の定義 | 次の等級で求められる役割を、資料で確認させていただけますか | 文書があるか。口頭のみなら基準は属人的 |
| 標準年数 | この等級の方は、平均してどのくらいで次に上がっていますか | 年数が出るか。「人による」なら運用が不透明 |
| レンジの幅 | 同じ等級の中でも、評価で差がつく仕組みはありますか | 幅があるか。ないなら等級が上がるまで動かない |
3つとも、「上げてほしい」ではなく「仕組みを知りたい」という聞き方になっている点が共通しています。制度の確認は、意欲の表明として受け取られます。上司が答えられない場合は、人事に直接聞いても問題ありません。
昇給額の実績で判断する
最後に、自分自身の昇給実績を数字で確認してください。過去2〜3年で月額いくら上がったか。これが最も正確な予測材料です。
過去2年で月5,000円しか上がっていないなら、次の2年も同程度と考えるのが妥当です。年収100万円を上げたいなら、現職での昇給ペースでは何年かかるかを計算してください。その年数が受け入れられないなら、転職を検討する根拠になります。
計算は単純です。年収100万円は月額に直すとおよそ8.3万円(賞与を月数で割り戻す場合は各社の支給月数で調整してください)。過去2年で月5,000円のペースなら、2年あたり5,000円として33年かかります。現実的でない年数が出るなら、現職の制度では届かないという結論になります。
逆に、昇格を1回挟めば月3万円上がる制度なら、3回の昇格で届く計算になります。昇格の標準年数が3年なら9年、2年なら6年。この年数を受け入れられるかどうかが、現職に留まる判断の分かれ目です。感覚ではなく、年数で比べてください。
転職と現職、どちらで上げるかの判断表
4つの観点で比べる
| 観点 | 現職で上げるべきサイン | 転職で上げるべきサイン |
|---|---|---|
| 等級制度 | 定義が文書化され、標準年数の答えがある | 開示されない、または「人による」と言われる |
| 昇給実績 | 過去2〜3年で希望額に届くペース | このペースでは10年単位でかかる |
| 自分の経験 | 社内でしか通用しない知識が中心 | 同職種の他社でも通用する経験がある |
| 移り方 | 同職種の求人が業界内に少ない | 同職種・同業界の求人が複数ある |
3行目と4行目が重要です。転職で年収が上がるのは、経験がそのまま評価される移り方ができる場合に限られます。社内でしか通用しない経験が中心なら、転職しても評価の土俵に乗りません。
両方を同時に進めてよい
この2つは排他的ではありません。現職で等級の要件を確認しながら、同時に外の相場を調べることは可能です。むしろ両方の数字が揃わないと比較できません。
順序としては、外の相場を先に調べるほうが効率的です。相場が分かれば、現職で目指すべき金額も具体的になります。相場の調べ方は転職の準備は何をするかで扱っています。
実際に並べると、判断はかなり単純になります。外の相場の中央値が現職より明確に高く、かつ同職種・同業界の求人が複数あるなら、転職のほうが早く届きます。相場が現職と同水準なら、移っても金額は変わらないので、転職する理由は金額以外に置くべきです。
ここで注意したいのは、相場の上限だけを見ないことです。求人票の提示額は幅で書かれていることが多く、上限は経験が十分にある人向けの金額です。自分が当てはまるのは多くの場合、下限から中央の間だと見ておくのが安全です。上限を基準に比べると、現職が実際より低く見えます。
「年収を上げたい」が本当の理由かを確かめる
金額で説明できるかを試す
最後に、確認しておくべきことがあります。年収を上げたい理由を、金額と使い道で説明できるかです。「月5万円上がれば返済が2年早く終わる」「家賃を2万円上げて通勤時間を30分減らせる」。
説明できるなら、それは明確な目標です。説明できず「なんとなく少ない気がする」という状態なら、本当の不満は金額以外にある可能性があります。
金額以外が理由なら、転職しても解決しない
実際、転職後の満足度を項目別に見ると、賃金の満足度D.I.は19.5ポイントで最も低く、仕事内容・職種は60.5ポイントで最も高いという結果が出ています。金額は、上がっても満足が持続しにくい項目です。
「評価されていない気がする」「仕事の内容に納得できない」という不満が、金額の話に置き換わっていることはよくあります。その場合、年収が上がっても数か月で元の不満が戻ります。理由の整理は納得のいく転職理由の作り方で扱っています。
まとめ
- 転職による賃金変化は、増加39.0%・変わらない20.2%・減少40.1%でほぼ拮抗。D.I.はマイナス1.1ポイント(厚生労働省 令和2年転職者実態調査)
- 内訳では3割以上増えた人が7.2%、3割以上減った人が10.9%。転職は上下どちらにも大きく振れる
- ただし20歳以上49歳以下の年齢階級ではD.I.はプラス。全体を押し下げているのは15〜19歳と50歳以上
- 分かれ目は「移った先で経験がそのまま価値を持つか」。処遇決定で最重視されるのは経験・能力・知識53.7%で、前職の賃金は0.4%
- 同職種・同業界は上がりやすく、別職種・別業界は下がりやすい。前職年収を根拠にした交渉は通らず、役割と金額を結びつけた説明が要る
- 現職で上げる経路は3つ。等級・役職を上げる、担当範囲を広げる、社内公募や異動で職種を変える
- 現職で上げられるかは3つの質問で判定する。等級定義は文書化されているか、次の等級までの標準年数はあるか、同等級の賃金レンジに幅はあるか
- 「頑張れば上がる」は判定に使えない。直近で昇格した人の成果と年数、そして自分の過去2〜3年の昇給実績で判断する
- 年収を上げたい理由を金額と使い道で説明できないなら、不満は金額以外にある可能性が高い。賃金の満足度D.I.は19.5ポイントで最も低い
よくある質問(FAQ)
転職すれば年収は上がりますか。
全体では、増加39.0%・減少40.1%でほぼ拮抗しており、D.I.はマイナス1.1ポイントです。ただし20歳以上49歳以下の年齢階級ではD.I.はプラスで、増えた人のほうが多くなります。上がるかどうかは移り方で決まり、同職種・同業界なら上がりやすく、別職種・別業界では下がりやすくなります。
前職の年収を根拠に、同等以上を要求できますか。
ほぼ通りません。処遇の決定で「前職の賃金」を最も重視する企業は0.4%にとどまります。最も重視されるのは「これまでの経験・能力・知識」で53.7%です。交渉するなら「前職では△△の範囲まで一人で担当していたので、同等の役割であれば◯◯万円を希望します」のように、役割と金額を結びつけてください。
現職で年収を上げられるかを知る方法はありますか。
3つ聞いてください。等級の定義は文書で開示されているか、次の等級に上がるまでの標準年数は何年か、同じ等級の人の賃金レンジに幅はあるか。3つとも明確な答えが返るなら見込みがあります。1つでも曖昧なら、待っても上がる保証はありません。あわせて、自分の過去2〜3年の昇給実績を月額で確認してください。
異業種に移りたいのですが、年収は下がりますか。
下がりやすい構造です。処遇を決める最大の要素が「これまでの経験・能力・知識」であり、業種と職種を同時に変えると評価される材料が一度にほぼなくなるためです。下げ幅を抑えたいなら、業種か職種のどちらか一方だけを変えてください。両方変える場合は、下がった状態が何年続くと生活が成り立たなくなるかを先に計算しておくことが必要です。
「頑張れば上がる」と上司に言われました。
判定には使えません。何をどこまでやれば、いつ、いくら上がるのかが含まれていないためです。確認すべきは、直近で昇格した人がどういう成果を出して何年で上がったかです。実例が語られるなら再現可能性がありますが、「人による」という答えなら基準が存在しないということになります。
年収を上げたいのに、どれくらい上げたいかが自分でも曖昧です。
金額と使い道で説明できるかを試してください。「月5万円上がれば返済が2年早く終わる」のように書けるなら明確な目標です。書けない場合、本当の不満は金額以外にある可能性があります。転職後の満足度は賃金が19.5ポイントで最も低く、仕事内容・職種が60.5ポイントで最も高いため、金額が上がっても満足は持続しにくい項目です。
転職は、人生の経営判断です
転職は年収を上げる装置ではなく、上下どちらにも振れる選択です。動く前に、過去2〜3年の自分の昇給実績を月額で書き出してください。その数字が、現職と転職を比べるための最初の基準になります。
出典:厚生労働省「令和2年転職者実態調査の概況」(表13・表22・図1)