
今の仕事の内容が合わない。人間関係がつらい。だから転職を考えている。この流れは自然ですが、間に1つ選択肢が抜けていることがあります。社内で環境を変えるという方法です。
意外に思われるかもしれませんが、企業が退職希望者を引き止めるときに最も多く提示する条件は「他部署への異動」で37%。昇給の21%より多いのが実態です。会社側にとって、異動は現実的な選択肢として日常的に使われています。
この記事では、異動で解決することとしないことを分けたうえで、希望の出し方、通らなかったときの読み方、転職と比べた有利不利までを解説します。残る判断そのものは転職しなかった後悔と、転職した後悔はどちらが重いかで扱っています。
環境を変える方法は、転職だけではない
引き止めで最も多い提示が「異動」
エン・ジャパンが775社を対象に行った「カウンターオファー」実態調査(2017年)によると、退職希望者の引き止めをした企業は65%。提示した条件で最も多かったのは「他部署への異動」で37%、次いで「昇給」が21%でした。
この数字が示すのは、会社側は異動を実行可能な手段として持っているということです。辞めると言われてから動かせるなら、辞めると言う前にも動かせる可能性があります。
それでも異動を試さない人が多い
にもかかわらず、異動希望を出さないまま転職活動を始める人が多くいます。理由はだいたい3つです。制度があるか知らない、希望を出すと評価が下がると思っている、言っても通らないと思っている。
いずれも確認していない段階での想像です。制度の有無は調べれば分かり、通るかどうかは出さなければ分かりません。調べるのに必要な時間は15分程度で、出すのに必要なのは面談1回分です。
転職の判断材料としても機能する
異動を試す価値は、実現するかどうかだけではありません。結果がどちらに転んでも、転職の判断材料が増えます。
通れば、転職せずに環境が変わります。通らなければ、「社内では解決できない」という事実が残り、それは面接で語れる転職理由になります。試さないままだと、この材料が手に入りません。
面接で「改善を試みましたか」と聞かれたとき、試していない場合は答えようがありません。試した事実があれば、不満に対して動ける人という評価につながります。
異動で解決すること・しないこと
解決の可否を分ける
| 不満の中身 | 異動で解決するか | 理由 |
|---|---|---|
| 仕事の内容が合わない | する | 部署が変われば扱う業務が変わる |
| 特定の人との関係 | する | 報告ラインごと変わる |
| 担当範囲が狭い | することがある | 配属先の体制による。事前に確認が要る |
| 労働時間が長い | 部署による | 会社全体の構造なら変わらない |
| 評価基準が不透明 | しない | 制度は全社共通であることが多い |
| 賃金が低い | しない | 等級が変わらなければ金額も変わらない |
| 会社の方向性・事業の縮小 | しない | 構造の問題は部署を移っても残る |
下の3行が重要です。評価制度・賃金・会社の方向性は、部署を移っても変わりません。不満の中心がここにあるなら、異動では解決しないので、転職の検討に進むべきです。
自分の不満がどこにあるかを先に決める
不満が複数ある場合は、1位だけを見てください。1位が上の3行(仕事の内容・人間関係・担当範囲)にあるなら、異動を試す価値があります。下の3行にあるなら、試しても状況は変わりません。
この切り分けは、転職理由の整理と同じ作業です。手順は納得のいく転職理由の作り方で扱っています。
判定に迷う場合は、「その不満を解決するには、誰が何を決める必要があるか」を書いてみてください。部署の管理職が決められることなら異動で解決し、人事や経営が決めることなら異動では変わりません。
異動希望の出し方
制度があるかを先に調べる
多くの会社には、社内公募制度や自己申告制度があります。就業規則や社内ポータルを確認し、制度に沿った出し方があるならそれに従ってください。制度経由のほうが、記録が残り、検討の対象になります。
制度がない場合は、上司との面談で伝えます。評価面談や1on1の場が適しています。制度の有無を調べる時間は15分程度で、これを飛ばすと出し方を誤ります。
3つを揃えてから出す
希望を出すときは、上の図の3つを揃えてください。どこへ、何ができるか、今の業務をどう引き継ぐか。この3つが揃うと、希望が「提案」として扱われます。
特に3つ目が効きます。上司にとって異動希望は「戦力が抜ける話」なので、まずそこが懸念になります。引き継ぎの案を先に出せば、話が感情ではなく実務に向かいます。
期限を添える
「いつか異動したい」では、検討の対象になりません。「次の期から」「来年度から」のように時期を添えてください。時期があると、人事の計画に組み込めます。
ただし、即時を求めると難しくなります。多くの会社では異動は期単位で動くため、半年から1年先を見た希望のほうが通りやすいのが実情です。
時期を伝えるときは、なぜその時期なのかも添えてください。「今の案件が◯月に一区切りつくので、その後であれば引き継ぎに支障が出ません」という形なら、会社側の都合にも配慮した提案になります。
通らなかったときの読み方
断られ方に情報がある
| 返ってきた答え | 読み取れること |
|---|---|
| 今は人員の都合で難しいが、来期に検討する | 可能性は残っている。時期を確認して待つ価値あり |
| その部署は経験者しか採らない | 社内の基準が明確。必要な経験を聞けば道筋が見える |
| 異動制度は使われていない | 制度が形骸化。社内で環境を変える手段がない |
| 今の部署で成果を出してから | 基準が曖昧。何をどこまでかを確認する |
| 明確な理由なく話が流れる | 検討されていない。社内では動かない可能性が高い |
上の2行なら、社内で動く余地があります。下の3行なら、社内では環境が変わらないという事実が確定します。この事実は、転職を検討する根拠になります。
「成果を出してから」と言われたら
最も多い回答がこれです。一見もっともですが、何をどこまで出せばいいかが含まれていないため、そのままでは判断に使えません。
確認してください。「具体的にどのような成果が出れば、検討いただけるでしょうか」。答えが具体的なら、達成すれば道が開きます。曖昧なら、実質的には断りです。
具体的な答えが返ってきた場合は、その内容を記録に残してください。半年後に達成したとき、記録があれば再度持ち出せます。口頭のやり取りだけだと、時間が経つと双方の記憶が食い違います。
1回で諦めない、ただし2回で判断する
1回断られただけで諦める必要はありません。会社の事情は期ごとに変わるため、次の期に状況が変わることもあります。
ただし2回続けて明確な理由なく流れた場合は、社内で動く見込みは薄いと判断してください。3回目を待つ間に、転職の選択肢が狭まる可能性があります。
2回の間隔は、半年から1年空けるのが現実的です。期ごとに人員の状況が変わるため、短い間隔で繰り返すと同じ答えが返ってきます。1回目を出したら、次の期まで待って改めて確認する形にしてください。
異動が転職より有利な3つの点
1:経験がリセットされない
転職では、業界知識や社内の人間関係が評価対象から外れます。異動なら、業界知識も社内の信用もそのまま持ち込めます。
処遇を決める要素として最も重視されるのは「これまでの経験・能力・知識」で53.7%です(厚生労働省 令和2年転職者実態調査)。異動では、この53.7%の部分がほぼ丸ごと残ります。
加えて、社内での信用も引き継がれます。誰に何を聞けばいいか、どの手続きに時間がかかるか、といった暗黙の知識は、転職では一から作り直す必要があります。立ち上がりの速さは、異動が圧倒的に有利です。
2:年収が下がりにくい
転職による賃金変化は、増加39.0%・変わらない20.2%・減少40.1%で、減る人が4割います。3割以上減った人も10.9%です。
異動の場合、等級が変わらなければ賃金も原則として変わりません。環境を変えながら、収入の変動を避けられるのは、異動固有の利点です。年収の実態は転職で年収は上がるのかで扱っています。
3:合わなければ戻れる可能性がある
異動先が合わなかった場合、再異動や元の部署への復帰が検討されることがあります。転職の場合、前の会社に戻るのは現実的ではありません。
このやり直しの余地は、判断の重さを下げます。「合わなかったら終わり」ではないと分かっていれば、決断のハードルも下がります。
ただし、必ず戻れると保証されているわけではありません。元の部署に欠員が補充されていれば、戻る席がないこともあります。可能性が残るという程度に理解してください。
異動が不利になる場合
1:社内での評価が引き継がれる
異動の不利な点は、これまでの評価がそのまま持ち込まれることです。現部署で評価が低い場合、その情報は異動先にも共有されます。
転職なら、評価は白紙から始まります。現職での評価に納得がいかず、それが不満の中心にあるなら、異動では状況が変わりません。
とくに、評価が低い理由が業務内容との相性にある場合は判断が難しくなります。相性の問題なら異動で改善しますが、評価する側にその見方がなければ、低い評価だけが引き継がれます。異動先の管理職と事前に話せるなら、そこで見立てを確認しておいてください。
2:制度・賃金は変わらない
前述のとおり、評価制度と賃金テーブルは全社共通であることが多く、異動では変わりません。不満の中心が制度にあるなら、異動は解決策になりません。
制度が読めるかどうかは、3つの質問で判定できます。等級の定義が文書化されているか、次の等級までの標準年数はあるか、同じ等級内の賃金レンジに幅はあるか。
3つとも明確な答えが返るなら、異動先で成果を出せば処遇に反映される見込みがあります。1つでも曖昧なら、部署を移っても賃金が動く根拠がないということです。この場合、異動は「仕事の内容を変える手段」であって、収入を改善する手段にはなりません。
3:時期を自分で決められない
転職なら、動く時期を自分で決められます。異動は会社の計画に依存するため、希望を出してから実現まで半年から1年かかることもあります。
状況が切迫している場合、この時間差は現実的な制約になります。特に心身に影響が出ている場合は、異動を待つ判断は適しません。
眠れない、休日に回復しない、週明けが怖いといった状態があるなら、環境から距離を取ることを優先してください。異動の実現を待つ数か月が、状態をさらに悪化させることがあります。この場合は休職や欠勤も含めて、すぐに取れる手段を先に検討すべきです。
異動と転職を並行して検討する
どちらか一方に絞らない
異動希望を出したら転職活動をしてはいけない、という決まりはありません。両方を並行して進めるのが、判断材料を増やす最も効率的な方法です。
異動が通れば、転職の判断は「異動先と他社を比べる」形になります。通らなければ、転職に集中します。どちらに転んでも、次の手が決まっています。
並行する際の注意点は1つだけで、転職活動をしていることを社内で話さないことです。異動希望は前向きな提案として扱われますが、転職活動が知られると話の受け取られ方が変わります。2つは切り離して進めてください。
3か月で結論を出す
並行して進める場合も、期限を置いてください。目安は3か月です。転職活動を始めてから前職を離職するまでの期間は、1〜3か月未満が28.8%で最多、1か月未満18.3%、活動期間なし23.6%と、7割前後が3か月以内に決着しています(同調査)。
3か月あれば、異動希望の回答も、外の相場の確認も、両方できます。時期の決め方は転職を決断するタイミングで扱っています。
異動希望を出すことで転職が不利になるか
「異動希望を出すと、辞める気だと思われるのでは」という懸念があります。3つを揃えた提案の形で出せば、多くの場合そうは受け取られません。
むしろ、社内でやれることを試した事実は、転職の場面でも評価されます。「改善を試みたが、構造的に変わらなかった」という説明は、採用する側にとって最も納得しやすい転職理由の1つです。
まとめ
- 企業が退職希望者を引き止める際に最も多く提示する条件は「他部署への異動」37%で、昇給の21%より多い(エン・ジャパン「カウンターオファー」実態調査・775社)
- 異動で解決するのは、仕事の内容、特定の人との関係、担当範囲。解決しないのは、評価制度、賃金、会社の方向性
- 不満が複数ある場合は1位だけを見る。1位が解決しない側にあるなら、異動では状況が変わらない
- 希望を出す前に3つ決める。どこへ(部署名まで)、何ができるか(今の経験との接続)、今の業務をどう引き継ぐか
- 期限を添える。「いつか」では検討されない。即時より半年から1年先のほうが通りやすい
- 断られ方に情報がある。「来期に検討」「経験者のみ」なら余地あり。「制度が使われていない」「理由なく流れる」なら社内では動かない
- 「成果を出してから」と言われたら、何をどこまでかを確認する。答えが曖昧なら実質的な断り
- 異動の利点は3つ。経験がリセットされない、年収が下がりにくい、合わなければ戻れる可能性がある
- 不利な点も3つ。社内の評価が引き継がれる、制度と賃金は変わらない、時期を自分で決められない
- 異動と転職は並行して検討してよい。3か月で結論を出す。社内で試した事実は、転職の場面でも評価される
よくある質問(FAQ)
異動希望を出すと、評価が下がりませんか。
3つを揃えた提案の形で出せば、多くの場合そうはなりません。どこへ行きたいか(部署名まで)、そこで何ができるか、今の業務をどう引き継ぐか。この3つがあると、不満の表明ではなく提案として扱われます。むしろ、社内でやれることを試した事実は、後に転職する場合にも評価されます。
異動で年収は変わりますか。
等級が変わらなければ、原則として変わりません。これは異動固有の利点です。転職では賃金が増加39.0%・変わらない20.2%・減少40.1%で、減る人が4割、3割以上減る人も10.9%います。環境を変えながら収入の変動を避けたい場合、異動が有力な選択肢になります。
人間関係が理由でも、異動希望を出していいですか。
出して構いませんし、異動で解決しうる不満です。ただし伝え方では、人ではなく業務の話にしてください。「◯◯さんと合わない」ではなく「◯◯の業務に関わりたい」という形にします。人を理由にすると、相手の耳に入ったときに現部署での関係が悪化します。
「今の部署で成果を出してから」と言われました。
最も多い回答ですが、そのままでは判断に使えません。「具体的にどのような成果が出れば、検討いただけるでしょうか」と確認してください。答えが具体的なら達成すれば道が開きます。曖昧なら実質的な断りです。2回続けて明確な理由なく流れた場合は、社内で動く見込みは薄いと判断してください。
異動希望を出しながら、転職活動をしてもいいですか。
問題ありません。むしろ両方を並行するのが、判断材料を増やす効率的な方法です。異動が通れば「異動先と他社を比べる」形になり、通らなければ転職に集中します。どちらに転んでも次の手が決まります。期限は3か月を目安にしてください。
会社に異動の制度がない場合は。
制度がなくても、上司との面談で希望を伝えることはできます。評価面談や1on1の場が適しています。ただし、制度がなく、かつ過去に異動の実例もない場合は、社内で環境を変える手段が実質的にないということです。その事実は、転職を検討する根拠になります。
転職は、人生の経営判断です
会社を変えずに環境を変えられるなら、失うものは最も少なくて済みます。まずは自社に異動の制度があるかを15分で調べ、不満の1位が異動で解決する側にあるかを確かめてください。
出典:エン・ジャパン「カウンターオファー」実態調査(2017年・775社)/厚生労働省「令和2年転職者実態調査の概況」(図1・表13・表19)